5-9 量子ビームで明らかにする錯体溶液の秩序構造

−再処理技術の発展を促進する溶液構造の探索−

図5-19 TBPとオクタンの混合比を変化させた際に得られたX線散乱と中性子散乱測定の結果

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図5-19 TBPとオクタンの混合比を変化させた際に得られたX線散乱と中性子散乱測定の結果

X線散乱実験はSPring-8、中性子散乱実験は米国オークリッジ国立研究所の核破砕中性子源 (SNS) に設置される装置を用いて行われました。(a)ではTBPが秩序構造を形成していることを示すピークIが観測されたことに対し、(b)では4 nm-1以下の波数領域にその秩序構造が楕円形であることを示す散乱成分が観測されています。

 

図5-20 TBPがつくる楕円状の秩序構造においてX線と中性子線が検出し得る部分構造と散乱長密度の関係

図5-20 TBPがつくる楕円状の秩序構造においてX線と中性子線が検出し得る部分構造と散乱長密度の関係

(a)X線散乱では電子密度の高い内部コアの散乱長密度が大きく、外部シェルとオクタンの散乱長密度がほぼ等しくなるために水色の部分構造(内部コア)による散乱成分が検出されます。(b)中性子散乱では内部コアと外部シェルの散乱長密度に大きな差はなく、重水素化されたオクタンと会合体全体との間に散乱長密度の差ができるため、秩序構造全体(水色+黄色の部分)の概形やサイズ,会合数を反映する散乱成分が検出されます。

リン酸トリブチル (TBP) は核燃料再処理においてUやPuを分離する際に用いられる重要な物質として知られています。しかしながら、溶液中におけるTBPやTBPと金属イオンの複合体 (錯体) がつくる秩序構造及びその特性については明らかにされていない部分もあり、より詳細な理解が求められています。

私たちは、X線や中性子等の量子ビーム技術を駆使することで、こうした問題を解決することを目的にしています。そして今回、その第一歩としてTBPがオクタン中でつくるナノスケールの秩序構造を明らかにすることに成功しました。

X線散乱法と中性子散乱法によりTBP/オクタン混合液の秩序構造を観察した結果を図5-19に示します。(a) X線散乱では、TBPのリン原子間の相関によるピークIが観測されたため、TBPがオクタン中で会合していることが示されました。一方、(b) 中性子散乱ではTBPと重水素化オクタンの散乱長に十分な差が生じるため、会合体全体からの散乱が観測されました。この結果、TBPはオクタン中で図5-20に示す楕円状の秩序構造をつくることが分かり、この内部コアに金属イオンが配位できる程度のサイズを持つ空間がつくられていることが確認されました。

X線散乱法と中性子散乱法、それぞれの観測対象を説明するダイアグラムを図5-20に示します。一般に、入射X線は試料中の電子雲と相互作用して散乱されるのに対して、中性子は原子核と相互作用して散乱されるため、同位体(例えばHやD)でも散乱長が異なります。そのため、(a) X線散乱では、電子密度の高い領域の構造をとらえることができます。一方で、(b) 中性子散乱ではプロトン密度の高い領域の構造をとらえることができます。つまり、双方からの情報を相補的に組み合わせることで、電子密度が高い内部コアの構造とプロトン密度が高い会合体全体の構造が明らかとなり、これがTBPの秩序構造を詳細に理解することにつながっています。

現在では、TBPと金属イオンがつくる秩序構造を解明するための研究が進められており、これまで漠然としかとらえられていなかった溶液内の状態を可視化しながら、その物性を明らかにする研究が行われるようになりました。これらの知見は、再処理技術の発展に必要な新物質の設計や材料開発に貢献するものとして、関連する研究分野からの注目を受けています。



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