10-1 金属材料を強くする添加元素を探索する

−量子計算による金属材料の割れの予測−

図10-2 転位と不純物元素の計算
拡大図(162KB)

図10-2 転位と不純物元素の計算

本成果で開発した転位と添加元素の量子計算の方法を示しています。(a)は金属材料が変形するときに転位線が移動する様子を示しています。 線で示した転位線の位置まで結晶を切断し、断面を矢印の方向に一原子分ずらして貼り付けた構造になっています。この転位線が下へ移動することで原子面のずれが結晶内に広がっていきます。(b)は転位線と添加元素の計算を行うとき、まずで示される位置にある転位線の量子計算を行ってから添加元素を導入し、今度はで示される添加元素の周辺でだけ量子計算を行うことで計算する原子の数を削減する様子を示しています。〇は量子計算を行う原子,●は計算を行わない原子を示しています。(c)は計算の結果得られた、転位と水素原子が引き合う効果を示しています。両者が接近するほど引力効果が強くなることが分かりました。

 


鋼はその強さと材料の入手のしやすさから自動車,橋,原子炉など様々なところで使われ、人類の文明を支えていると言っても過言ではありません。現在使用されている鋼は一般的に10以上の元素を含んでおり、用途によって様々な成分比率の鋼が開発されていますが、そのレシピは膨大な実験を繰り返すことで発見されてきました。例えばクロムは耐蝕性を高め、硫黄やリンなどは材料を劣化させる働きがあることが分かっています。現在、こうした様々な元素の働きを考慮しながら、材料シミュレーションやビッグデータ解析などを活用し、計算による迅速な材料設計を実現しようという気運が高まっています。

様々な元素が鋼の強さに対して与える影響を予測するためには量子力学に基づいた計算が必要になります。元素による電子数の違いは、材料中の電子の振る舞いを大きく変化させて材料特性に影響を与えます。この計算には多数の電子の振る舞いを取り入れる必要があり、計算量が原子数の3乗以上となるため、現在の計算機では原子が数百個の計算が限界となります。その制約の中でこれまで様々な工夫により金属材料のいろいろな特性、例えば材料が割れるのに必要な力が添加元素によってどのように変化するか、といった計算が行われてきました。しかし金属材料の最も重要な特性の一つである、変形のしやすさについては計算が困難で行われてきませんでした。図10-2(a)は金属材料の変形の様子を模式的に示しています。転位線が材料中を移動することで原子面の滑りが引き起こされ、材料が滑らかに変形することが分かります。しかし、転位線は大規模な構造で、添加元素を加えた計算では原子の数が1000程度にも上り、量子力学に基づく計算は不可能でした。

この問題を解決するため、まず転位線だけの量子計算を行ってから添加元素を導入し、今度は添加元素の周辺だけで量子計算を行うという2段階にすることで計算に必要な原子の数を3分の1に削減することに成功しました(図10-2(b))。また、その応用として鉄の転位の移動が水素によってどのような影響を受けるかを計算しました。その結果、転位と水素の間に強い引力が働き、低温では転位が水素原子から離れられず鉄の変形が阻害されることが判明しました(図10-2(c))。今後は原子炉材料に使われる様々な元素についてその効果を究明し、新たな原子炉材料の開発を加速することを目指します。



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