5-8 レアアースのわずかなサイズ差を識別する新規化合物

−ランタノイドの高効率なリサイクル法の開発に向けて−

図5-19 新たに開発したBIZAの化学式(左図)と構造(右図)

図5-19 新たに開発したBIZAの化学式(左図)と構造(右図)

アミド基(左図の赤部分)の酸素原子、ピリジル基(左図の青部分)の窒素原子及びイミダゾール基(左図の緑部分)の窒素原子がランタノイドと結合します。

 

図5-20 BIZAのランタノイドに対する錯形成能力

図5-20 BIZAのランタノイドに対する錯形成能力

グラフの横軸はランタノイドの原子番号、縦軸は溶液中におけるランタノイドとBIZAの錯生成定数を示しています。 が1:2錯体で、が1:1錯体の錯生成定数です。

 

図5-21 ランタノイドとBIZAの錯体の結晶構造

図5-21 ランタノイドとBIZAの錯体の結晶構造

(a)がネオジムとBIZAの錯体構造で、(b)がホルミウムとBIZAの錯体構造です。(a)ではネオジムイオンの左上と右下の空間に、(b)ではホルミウムイオンの上部の空間にBIZAがあります。また、空いている空間を埋めるようにエタノール分子や硝酸イオンも存在しています。

 


ランタノイド(Ln)は電気自動車のモーターやパソコンのハードディスクなど、多くのハイテク製品に利用されている重要な元素です。Ln資源のほとんどを輸入に頼っている我が国にとって、その安定供給は非常に重要な課題で、廃製品からの分離・回収技術の確立が望まれています。しかし、全てのLn元素は化学的性質がよく似ており、個々のLn元素の分離は非常に困難です。私たちは特定のLn元素を効率的に分離する技術の開発を進めており、Lnのわずかなサイズの違いを識別する化合物BIZAを開発しました(図5-19)。

BIZAはLnとの錯体のできやすさに特徴的な性質があります。図5-20は錯体のできやすさを分光滴定法によって調べた結果です。BIZAは、一つのLnイオンに1分子が結合した錯体(1:1錯体)と2分子が結合した錯体(1:2錯体)の2種類の錯体を作ることが分かりました。1:1錯体はLnの原子番号が大きくなるにつれてできやすくなります。この挙動はLnと錯体を作る化合物によく見られる一般的な挙動です。一方で、1:2錯体はLnの原子番号が大きくなると徐々にできにくくなり、原子番号66のジスプロシウム(Dy)以降ではこの錯体ができないという、非常にユニークな特徴を示します。

そこで、このメカニズムを明らかにするために、錯体の詳細な構造を単結晶X線構造解析により調べました。図5-21に結果の一例として、(a)原子番号60のネオジム(Nd)錯体と(b)原子番号67のホルミウム(Ho)錯体の構造を示します。複数個の結晶試料を測定しましたが、Ndでは全てが1:2錯体を、Hoでは全てが1:1錯体を形成していました。また、いずれの錯体でも、BIZAはアミド基の酸素とピリジル基及びイミダゾール基の窒素がLnイオンと結合していることが分かりました。その結合距離は1:1錯体より1:2錯体の方が長く、また、1:2錯体ではLnの原子番号が大きくなるにつれて結合距離が相対的に長くなることが分かりました。Lnイオンは原子番号が大きくなると、イオンのサイズがごくわずかですが、徐々に小さくなります。イオンが小さくなるとそこに結合している分子同士は互いに接近しますが、BIZAのような大きい分子では、互いが近づきすぎることにより反発が生じます。このため、1:2錯体ではLnの原子番号が大きくなるにつれて結合が弱くなり、さらに原子番号が大きくなると2分子が結合できなくなると考えられます。すなわち、分子の大きさとイオンサイズの関係により、安定な1:2錯体を形成できる限界の元素が決まるということが分かりました。

分子の大きさを制御すれば、錯体形成に適したイオンサイズをコントロールできると期待されます。現在、このユニークな特性を利用した新しいLn分離法の開発も進めています。

本研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構からの受託研究「高効率な資源循環システムを構築するためのリサイクル技術の研究開発事業」の成果の一部です。