5-6 イオン液体/電極界面の構造解析

−量子ビームを利用して界面の構造を精密に解析する−

図5-13 身近な固液界面

図5-13 身近な固液界面

電池の内部を模式的に示しています。電池は、電極(固体)と電解液(液体)の界面で起こる電気化学反応を利用しています。

 

図5-14 イオン液体1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム ビス(トリフルオロメチルスルホニル)アミド

図5-14 イオン液体1–ブチル–3–メチルイミダゾリウム ビス(トリフルオロメチルスルホニル)アミド

左側の分子が陽イオン、右側の分子が陰イオンで、対になってイオン液体を構成しています。

 

図5-15 中性子反射率測定により精密に求められた界面の構造

図5-15 中性子反射率測定により精密に求められた界面の構造

負に帯電しているSi電極表面に吸着しているイオン液体分子は、層構造を形成し、1層目は陽イオン層であることを実験的にナノスケールで精密に明らかにしました(青線0 nm付近にあるピークは、電極基板上の自然酸化膜に由来します)。今回の研究において、イオン液体を精密に重水素化する手法を開発できたことで、イオン液体/電極界面の構造解析の精度が向上しました。

 


固体と液体が接している界面を固液界面といい、様々な化学反応が起こる場所であり、私たちの生活と深い関わりがあります。例えば、電池は、電極(固体)と電解液(液体)との界面で起こる電気化学反応(電子が関わる化学反応)を利用しています(図5-13)。これまでの研究により、固液界面で起こる反応は、固体表面の原子配列や、固体表面に吸着している液体分子の配列構造に大きく影響されることが分かっています。そこで、反応をより詳細に理解するためには、反応生成物の量の時間変化を調べる他に、界面の構造をナノスケールで詳細に調べることが必要です。

私たちは、電解液としてイオン液体に注目し、イオン液体中での電気化学反応について調べています。図5-14にイオン液体の例を示します。イオン液体は、陽イオンと陰イオンから構成される塩(えん)の一種ですが、食塩とは異なり、室温で液体となります。イオン液体は、電気伝導性が高く、かつ不揮発性であるという、水や一般的な有機溶媒と異なる性質を持ちます。そのため、イオン液体を電解液にすれば、発火の危険性が小さく、より安全な電池になると期待されています。しかしながら、イオン液体中の電気化学反応を調べてみると、水溶液中の電気化学反応と違う結果が得られることが分かってきました。その原因の一つとして、電極表面に吸着している陽イオン・陰イオン分子の配列構造が化学反応に影響していることが考えられます。しかしながら、吸着イオン液体分子の配列構造は理論的に理解することが難しいため、実験で測定する必要があります。そこで私たちは、大型放射光施設SPring–8 や大強度陽子加速器施設J-PARCにおいて、量子ビーム(X線、中性子)を用いたイオン液体/電極界面の構造解析を行っています。

中性子は、水素、炭素、酸素などの原子番号の小さい原子と相互作用するため、中性子を用いた構造解析手法は、吸着イオン液体分子の配列構造を調べるのに適しています。また、分子中の特定の水素原子のみ重水素原子に置き換えることで、注目したい部分を選択的に構造解析することも可能です。そこで私たちは、イオン液体を高効率かつ精密に重水素化する方法を開発した上で、中性子反射率法を用いて、イオン液体/シリコン電極界面に吸着しているイオン液体分子の配列をナノスケールで精密に調べました。図5-15にJ-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)のBL17に設置された偏極中性子反射率計「写楽」で行った中性子反射率実験の解析結果を示します。解析結果は、電極にマイナスの電圧をかけた状態で、陽イオン分子と陰イオン分子は、ランダムに混ざり合っているのではなく、それぞれ層構造をつくっており、さらに陽イオン分子が電極表面に直接、吸着していることを示しています。今後、引き続き、界面構造の電圧に対する依存性や、イオン液体分子の構造と吸着イオン液体分子の配列構造との関係を調べる予定です。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.15K05402)「量子ビームを利用したイオン液体が作る電気二重層の振る舞いの解明」の助成を受けたものです。

(田村 和久)