10-4 地球シミュレータで量子多体問題の限界にチャレンジ

−世界最大の行列計算を速くかつ正確に−

図10-5
拡大図(107KB)

図10-5

固体中電子、原子核、核子、フェルミ原子ガス、中性子星などの性質は相互作用するフェルミ粒子集団の量子状態を計算することで理解できます。図は地球シミュレータ上でその量子状態を計算する概念図です。まず、既知の(例えば相互作用しない)粒子集団の量子状態を用意し、相互作用を取り込むために、それらの量子状態の重ね合わせを行列の対角化により行います。地球シミュレータでは、その巨大なメモリ、高い演算能力を利用し、超大規模な行列の対角化を行います。

図10-6(左)

図10-6

 格子モデルを使った場合のフェルミ粒子数と計算する行列の次元(大きさ)の関係を示しています。地球シミュレータをフルに利用することで、17フェルミ粒子(22格子点上、アップスピン粒子8個、ダウンスピン粒子9個)の1590億次元行列の基底状態が計算できます。

この世界の物質を構成する粒子(図10-5:電子から核子やクオークまで)はフェルミ粒子と呼ばれる、フェルミ統計に従う粒子であり、互いに相互作用しあうフェルミ粒子集団の性質を正確に知ることがかなえば、この世界のミクロ・レベルで起こる様々な現象が原理的にすべて予測できます。かつて、量子力学の創始者の1人であるシュレディンガーが量子力学を方程式(シュレディンガー方程式)で表現することに成功すると、気が早い物理学者たちは、近い将来、物理は終焉を迎えると述べたと言われています。これは、量子力学に従う極めて多くの粒子集団のシュレディンガー方程式を解ける計算機が現れれば基本的に物質の性質はすべて予測できると信じたからにほかなりません。しかしながら、その終焉は20世紀中には実現されるはずもなく、多くの物理学者が理論的に正当な近似計算を考案し、複雑な数式を駆使することでフェルミ粒子集団の振る舞いを何とか理解しようとしてきました。

しかし、21世紀に入り、地球シミュレータクラスの超並列計算機が現れた今、どれだけ多くのフェルミ粒子集団の振る舞いを正確に解けるかという問いはとても興味深いテーマとなってきました。私たちは、レーザーにより作られる光学格子場中のフェルミ原子ガス集団を対象として、この問題に取り組み、その結果、地球シミュレータ512ノード(4096プロセッサ)を用いて22光学格子点上17フェルミ粒子の厳密な基底状態を計算することに成功しました(図10-6)。この問題は、数学上は1590億次元という超巨大な行列の固有状態を計算することに当たりますが、地球シミュレータの優れたアーキテクチャーを効率良く利用することで、約6分でこの問題を計算することに成功しました。この計算では、ベクトル並列計算機としての性能を引き出すため新しい対角化アルゴリズムを適用し、従来比で最高10倍程度の高速化を達成しています。私たちの知る限り、20フェルミ粒子程度の量子問題を(基底状態のみですが)厳密に、しかも分というオーダで高速に計算した例はなく、世界最大級の超高速計算である一方、これが人類の今到達できうる限界とも言えます。今後、計算機は更に進歩しますが、20フェルミ粒子集団程度でも新たに分かることも多く、今後も大きな飛躍が計算機の発展と共に期待できます。


●参考文献
Yamada, S. et al., 16.447 TFLOPS and 159-Billion-Dimensional Exact-Diagonalization for Trapped Fermion-Hubbard Model on the Earth Simulator, Proceedings of International Conference for High Performance Computing, Networking and Storage(SC'05), CD-ROM, 2005.
Machida, M. et al., Novel Pairing in the Hubbard Model with Confinement Potential, Physica C, 2006, (in press).


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