4-10 放射光を用いた材料内部の残留応力測定

−改良型ひずみスキャニング法による応力解析技術の開発−

図4-22 ひずみスキャニング法の概略図
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図4-22 ひずみスキャニング法の概略図

ひずみスキャニング法は、試料を移動させることにより試料内のひずみ分布を求め、そこから応力分布を求めることができます。従来法では、測定領域となる装置ゲージ体積が公称ゲージ体積に比べてはるかに広く、測定誤差が大きくなります。一方、新手法では、装置ゲージ体積が公称ゲージ体積とほぼ等しくなり、測定誤差を非常に少なくすることができます。

図4-23 改良型ひずみスキャニング法で測定した応力分布

図4-23 改良型ひずみスキャニング法で測定した応力分布

ショットピーニング(表面に圧縮の残留応力を加える機械加工技術)を施した中炭素鋼(JIS S45C)の各深さにおける試料表面に平行な応力成分の深さ依存性の放射光による測定結果(赤丸)です。青丸は従来法として確立している表面を除去しながら管球X線を用いて測定 した結果です。従来法と比較して、新手法で得られた結果は、各深さにおける残留応力差 最大100MPa程度ありますが、残留応力の様子や残留応力層の深さが0.3mmと等しいこと、 測定時間が数日から数時間と格段に減少していること、何よりも非破壊で特定の深さが測 定できることから、新手法が内部残留応力測定手法として十分役立つことがわかりました。

材料内部の残留応力分布を非破壊で測定することは、材料健全性を確保する上で重要となっています。また、加工精度が要求される電子素子基板の評価としても重要視されるようになってきました。このような応力測定には、放射光によるX線回折法を基本としたひずみスキャニング法が用いられています。私たちはこれを改良して、材料内部の局所領域の残留応力がより高精度で測定することができるようにしました。

残留応力の高精度局所領域測定には、高輝度、高強度、高エネルギーX線と、測定に寄与するX線束の発散角度が極めて小さい高精度な光学系の2つが必要です。まず、前者のX線を得るために大型放射光施設SPring-8のビームラインに、アンジュレータ(加速器の偏向電磁石間の直線部分に永久磁石のN及びS磁極をハーモニカのように上下交互に配置したもの)という挿入光源と、独自に開発した高エネルギー専用分光器を設置しました。また、X線束の発散角度が極めて小さい高精度な光学系を作るために、アナライザという単結晶素子を挿入しました(図4-22)。アナライザは単色X線を反射することができる許容角度範囲が非常に小さいので高精度測定には適していますが、分光することでX線強度が急激に減少するという問題がありました。従来のひずみスキャニング法ではビームラインの問題、アナライザの挿入ができないことから、ゲージ体積の短手方向の対角線の長さを0.2mm以下にすることができず、また測定されたデータは誤差も大きく、装置ゲージ体積を考慮した補正を必要としていました。本技術開発により、ゲージ体積の短手方向の対角線の長さを0.05mmまで小さくしても測定可能であることを確認し、誤差も少なく、ほぼ補正を施す必要のないデータを得ることに成功しました。これらの工夫によって、従来は材料表面を除去しながら管球X線を用いて数日以上を要しなければ内部の残留応力を測定できなかったところが、本手法では、表面から数百μmの深さであれば10μmの分解能で、試料表面に平行な応力成分の深さ依存性を数時間で得ることができるようになりました(図4-23)。

今回開発したひずみスキャニング法は、材料に照射するX線の面積を数百μmの大きさにしても十分な信号強度を得ることができます。従来法でも表面部微小部の残留応力測定は行われていましたが、SPring-8の高エネルギー放射光X線を用いることで内部に発生したき裂先端部周りの応力測定が可能となりました。更に、高エネルギー集光技術の向上によりナノスケールでの応力測定も実現可能です。更に、ひずみスキャニング法における測定時間はわずかなので、外場(外力や熱など)を加えた状況下でのその場観察測定も可能となり、応力が伝播していく様子を観察することができます。

現在、私たちは本手法を原子炉停止の要因の1つである応力腐食割れの機構解明や、次世代原子炉のための材料開発、J-PARCで使用される水銀ターゲット容器の信頼性向上のための残留応力評価に適用しています。更に産学官連携による、ジェットタービンの高効率化のための遮熱コーティングや、固体酸化物型燃料電池などエネルギー問題と密接に関連した研究にも応用しています。


●参考文献
菖蒲敬久ほか, アナライザを用いたひずみスキャニング法の検討, 材料, vol.55, no.1, 2006, p.101-108.


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