6-4 金属材料の劣化診断を原子レベルで評価

−走査型陽電子顕微鏡の開発−

図6-8 陽電子顕微鏡の概略図

図6-8 陽電子顕微鏡の概略図

小型線源から発生した陽電子ビームは、高倍率の収束レンズによりマイクロビームへと形成されます。消滅γ線の変化を試料ステージの位置と同期させて、原子空孔の面内分布を得ます。

 

図6-9

図6-9

(a)応力腐食割れを生じたステンレス材のき裂先端部分の光学顕微鏡像
(b)対応する領域での原子空孔分布
(c)両者を重ね合わせたもの。き裂よりも離れた部位で原子空孔が存在しています。

陽電子消滅法は、物質内の原子空孔を直接的に検出できる評価手法です。これは、正の電荷を持つ陽電子は、同じく正の電荷を持つ原子核が抜けた穴(原子空孔)に捕獲されやすいという性質を利用しています。陽電子が消滅するときに発する消滅γ線を高精度に測定することにより、物質内にある原子空孔のサイズや性状などを、高感度かつ非破壊に測定できます。陽電子を物質に注入する方法として、従来から陽電子ビームが用いられてきました。しかし、ビーム発生に用いる放射性同位元素は強度が限られており、発生する陽電子ビームの質も良くありません。そのためビームを細く形成することが困難で、材料の特定の部位のみを測定することは不可能でした。そこで、従来よりも高品質な陽電子ビームを発生できる線源を新たに開発し、高性能な磁気レンズを組み合わせ、陽電子ビームを最小1.9ミクロンまでに収束することに成功しました。これにより、ある狙った微小領域のみに陽電子を集中して注入することが可能となり、特定部位における原子空孔の評価が可能となりました。また、試料上の任意の場所にビームを照準する駆動機構を組み合わせ、消滅γ線計測と同期させることにより原子空孔の面内分布の観察が可能となるような、走査型の陽電子顕微鏡を開発しました(図6-8)。

陽電子顕微鏡を用いることで、材料の劣化診断を原子空孔という原子レベルで行えるようになります。原子炉内部は高温・高圧・放射線下という過酷な環境にあるため、構造材には強度が高く腐食しにくいステンレス鋼が使用されていますが、まれに応力腐食割れによりき裂が発生することがあります。原子炉の安全性を更に高めるためには、き裂の発生や進展に関係する原子レベルでの詳しい性質の解明が必要です。そこで陽電子顕微鏡を用いて、原子炉環境を模擬した条件下で応力腐食割れき裂を生じたステンレス鋼を観察しました(図6-9)。この結果、き裂先端よりも更に離れた部位において、原子空孔様の欠陥が存在することが分かりました。これは、ステンレスの応力腐食割れにおいて、き裂の進展に原子空孔が関与していることを示した世界で初めての結果です。このように、陽電子顕微鏡を用いることで、原子空孔のような通常の光学顕微鏡観察や電子顕微鏡による観察では検出できない微細な欠陥の空間分布に関する知見を提供できると考えられます。

本研究は、文部科学省からの受託研究「陽電子マイクロビームによる原子力材料のミクロ劣化解析」の成果を含みます。


●参考文献
Maekawa, M. et al., Development and Application of Positron Microprobe, 17th Iketani Conference “Doyama Symposium on Advanced Materials”, Transactions of the Materials Research Society of Japan, Tokyo, Japan, vol.33, issue 2, 2008, p.287-290.


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