4-12 がんの放射線・化学療法のための新しい薬剤を創る

−放射線で壊れるナノカプセルの開発−

図4-26 放射線で壊れるリポソームの概念図

図4-26 放射線で壊れるリポソームの概念図

リポソームを構成する脂質成分のうち、DLOPCは放射線に対して極めて脆弱です。DLOPCの放射線分解に伴い、リポソーム膜が不安定化すると考えられます。

 

図4-27 熱中性子によるリポソームからの抗がん剤放出

図4-27 熱中性子によるリポソームからの抗がん剤放出

リポソーム作成時に、抗がん剤のみでなくホウ素化合物を同時に封入しておくことで、熱中性子照射(JRR-4,3500kW)に対しても壊れやすくなります(リノール酸フォスファチジルコリン:ステアリン酸フォスファチジルコリン:コレステロール=2:2:6)。

がんは、我が国では国民二人に一人の割合で罹患する、いわゆる「国民病」です。治療としては、外科療法,化学療法,放射線療法があり、多くの場合いくつかの療法を組み合わせています。しかしながら、化学療法や放射線療法は患者の心身負担が大きく、発展途上の段階にあるといえます。

さて、がんの化学療法では主に抗がん剤を用いますが、これをそのままの状態で体内に投与しますと正常細胞への影響が避けられず、副作用の原因となります。そこで、抗がん剤をがん細胞選択的に移行させる技術、DDS(薬物送達システム)の開発が不可欠です。一方、放射線療法では、いかに患部選択的に照射するかが課題となっています。最近期待されている重粒子線と呼ばれる放射線では、粒子エネルギーを精密に制御することで選択的照射が可能になってきました。私たちはこのような現状を踏まえ、放射線によって壊れる「薬の入れ物」があれば、放射線療法と化学療法を同時効率的に行えるのではないかと考えました。そこで、図4-26に示すような放射線照射で容易に壊れる性質を持つDDS用ナノカプセル(リポソーム)の開発を行ってきました。

脂質成分及び各々の含有率の異なるリポソームを作製し、まずは実験上使いやすいX線を用いてその壊れやすさを調べました。その結果、ステアリン酸フォスファチジルコリン,リノール酸フォスファチジルコリン(DLOPC)及びコレステロールの三成分組成比,リポソーム懸濁液濃度,更には照射時の線量率を変えることによって、その壊れやすさを制御できることを見いだしました。現在のところ、上の三条件を最適化することで、重粒子線治療時の最大局所線量に相当する、数10Gyで壊れる条件を得ています。

一方、脳腫瘍などで有効な中性子捕捉療法(NCT)では、原子炉からの熱中性子を用いますが、本リポソームは熱中性子では容易に壊れません。リポソームに抗がん剤のみでなくホウ素化合物も一緒に封入しておく工夫により、ホウ素中性子捕捉反応で放出される重粒子(He,Li原子核)によって抗がん剤を放出させることに成功しました(図4-27)。

リポソームにがん組織指向性を付与する工夫など、実用化には更に多くの開発が必要ですが、本リポソームを応用したDDSは、放射線療法と化学療法の各々のデメリットを相殺するための「橋渡し役」として、がん治療時の心身負担改善に貢献できると期待しています。


●参考文献
Akamatsu, K., Development of a Thermal Neutron-Sensitive Liposome for a Novel Drug Delivery System Aiming for Radio-Chemo-Concurrent Cancer Therapy, Radiation Physics and Chemistry, 2009, vol.78, issue 12, 2009, p.1179-1183, doi: 10.1016/j.radphyschem.2009.07.007.


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