4-12 粒子線で生じる電場のDNA損傷生成への効果を発見

−がん治療に効くクラスターDNA損傷の生成は電場が促進させる?−

図4-23 従来のモデルと本研究でのDNA損傷モデルのイメージ図

図4-23 従来のモデルと本研究でのDNA損傷モデルのイメージ図

従来のモデル(a)では電子は直線で進むのに対して、本研究でのモデル(b)では電場を考慮するため、電子の軌道が曲げられます。曲げられた方が損傷を多く起こすことが分かります。

 

図4-24 水分子イオンが生成する位置座標

図4-24 水分子イオンが生成する位置座標

炭素線と陽子線が水の中を10 nmの距離を動いたとき、水分子イオンが生じた場所を調べました。炭素線は陽子線に比べて水分子を圧倒的に多く電離させることを明らかにしました。このことは、水分子イオンの電場により炭素線の方が陽子線よりも数倍多くの電子を粒子線の軌道付近に捕獲しうることの発見につながりました。

粒子線によるがん治療は高い治療効果を持つことが知られています。その理由のひとつはクラスターDNA損傷を作るからと考えられています。しかし、クラスターDNA損傷の生成機構は分かっていません。この機構が分かれば、より高い治療効果を持つがん治療の実現につながります。そこで、私たちはシミュレーションで陽子線と炭素線でのクラスターDNA損傷の生成機構を調べています。クラスターDNA損傷は図4-23(a)で示すように粒子線が水分子を電離し、そのとき生じた電子によって生じると考えられてきました。本研究では、それに加えて図4-23(b)に示すように電離で同時に生じた水分子イオンの電場による電子の軌道の変化もクラスターDNA損傷生成に影響する可能性があると考え、水分子イオンの生成や電子の場所と速度の時間変化を計算しました。その結果、図4-24のように36 MeVの炭素線及び200 keVの陽子線の場合、その軌道方向に対し、それぞれ0.3 nm,0.8 nmの間隔で水分子イオンが作られました。そして、同時に生じた電子は、それぞれ45%,25%の確率でイオンの電場により軌道から直径2 nm以内の距離に捕獲されることが分かりました(軌道方向に10 nm進むと、それぞれ15個,3個の電子が捕獲されます)。ここで、クラスター損傷が起こりうる距離である軌道から直径2 nm以内での捕獲を計算しました。陽子線の場合、200 keV付近でイオンが作られる確率が最大となりますので、これらの結果は水分子イオンの電場により、炭素線の方が陽子線よりも数倍多くの電子を粒子線の軌道付近に捕獲しうることを世界で初めて見いだしたものです。さらに、電子の捕獲を考慮すると、炭素線では軌道から直径2 nm以内にある水分子の電離の数が従来考えられていた数の約4倍になるという結果を得ました。これは、電子の捕獲が水分子を電離させる機会を増やすことが原因と考えられ、細胞中のDNAに対しては図4-23(b)に示すようなイメージ、すなわち、電子の捕獲がDNA損傷を局所的に多く作り出し、クラスターDNA損傷の生成数を増やすことを示唆します。今後、DNAを細胞中に配置させ、DNA損傷の計算を行い、電子の捕獲がクラスターDNA損傷へどのような効果を持つか詳細な解析を進めます。


●参考文献
Moribayashi, K., Incorporation of the Effect of the Composite Electric Fields of Molecular Ions as a Simulation Tool for Biological Damage due to Heavy- Ion Irradiation, Physical Review A, vol.84, issue 1, 2011, p.012702-1-012702-7.


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