3-5 新材料ゲルマネンの非対称な原子配置を明らかに

−ゲルマネンの特性に新しい可能性−

図3-11 全反射高速陽電子回折(TRHEPD)の実験配置図

図3-11 全反射高速陽電子回折(TRHEPD)の実験配置図

陽電子ビームは試料表面にすれすれの角度で入射し、試料表面をプローブした後、そこでの原子配置の情報を持って出射します。陽電子は試料内部へ侵入できないため、出射した陽電子は最表面近傍の情報だけを含みます。スクリーンに映し出される陽電子回折パターンの強度分布を解析すると、最表面の原子配置を高精度に決定できます。

 

図3-12 今回明らかにしたゲルマネンの原子配置(左図)とこれまでに予想されていた原子配置(右図)

図3-12 今回明らかにしたゲルマネンの原子配置(左図)とこれまでに予想されていた原子配置(右図)

オレンジ色と黄色の丸はゲルマニウム原子を、灰色の丸はアルミニウム原子を表しています。突出したゲルマニウム原子は、強調のため大きな黄色の丸で表しています。例えば、青い破線を基準とすると、これまでの予想では左右対称な原子配置ですが、今回決定したものは非対称に見えます。

 


最近、ポストグラフェンへの期待から、グラフェンの骨格をそのままに、炭素原子と同じ周期表IV族のより重い元素で置き換えた新たな原子シートの創製が試みられています。例えば、ケイ素やゲルマニウムの原子シートはそれぞれシリセンとゲルマネンと呼ばれます。これらの原子シートでは、グラフェンと同様に極めて高い電子の移動度を発現するだけでなく、原子間の結合様式の違いや重元素由来の相互作用により、電子が持つもう一つの自由度であるスピンが重要な役割を果たす新奇な物性の発現が期待されています。

グラフェンは鉛筆の芯として知られる黒鉛(グラファイト)を1枚剥離したものに相当するため、言わば元来自然界に存在するものです。しかし、その他のIV族元素の原子シートは自然界には存在しないため、これまで理論研究のみの対象と考えられていました。しかし、2012年に銀と二ホウ化ジルコニウム基板上でシリセンが合成できることが分かり、現在の原子シート研究が開花しました。

今回研究対象となったゲルマネンは、2015年にアルミニウム基板上でその合成が報告されました。グラフェンは平坦な構造しか形成しませんが、ゲルマネンでは原子間の結合様式を反映して、凹凸を持った構造を形成することが考えられます。したがって、その原子配置の類推はそれほど単純ではありません。さらに、ゲルマネン自体の厚みが原子1個分と極めて薄いため、これを選択的に“見る”ことは容易なことではありません。そこで私たちは、全反射高速陽電子回折(TRHEPD)と呼ばれる構造解析手法を用いて、ゲルマネンの原子配置の解明に着手しました。

図3-11は、今回用いた実験手法の概略図です。この手法では、電子の反粒子である陽電子をプローブとして用います。電子とは逆のプラスの電荷を持つ陽電子は、物質の表面に近づくと同じプラスの電荷を持つ原子核から強い斥力を受け、物質内部へ侵入することができません。このため、陽電子ビームは、最表面近傍の極めて薄い領域のみを選択的に“見る”ことができます。

これまでの理論研究では、8個のうち2個のゲルマニウム原子(図3-12右図のAとF)が突出した左右対称な原子配置が考えられていました。しかし、今回私たちが実験した結果では、左右に反射した陽電子の強度が異なることを見いだしました。これは、ゲルマネンの原子配置が左右対称ではないことを示唆するものです。詳細な構造解析の結果、実際には8個のうち1個のゲルマニウム原子(図3-12左図のF)だけが突出した左右非対称な原子配置であることが初めて分かりました。構造が非対称であることから、これまでに考えられていなかったゲルマネンの新しい性質の出現も期待されます。

最近、超伝導の分野でもゲルマネンのような極薄材料が作製され、そこでは超伝導転移温度が急激に上昇する非常に興味深い報告がされています。今後は、IV族元素の原子シートに限らず、超伝導材料などの様々な興味深い原子シートの合成とその原子配置の解明を進める予定です。



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