5-3 大強度陽子ビームの安定化手法の確立

−J-PARC 3 GeVシンクロトロンのビーム不安定化の要因特定と対策−

図5-8 3?GeVシンクロトロンにおけるビームの水平位置の測定例

図5-8 3 GeVシンクロトロンにおけるビームの水平位置の測定例

ビーム長をわずか2%縮めるだけで、ビームの電荷密度が上がり(青)、ビームが安定化(赤→青)し、0.020 s後に安定に出射されます。

 

図5-9 加速中のビームがキッカーに誘起する誘導電流の時間的な変化(1→2→3)を示した模式図

図5-9 加速中のビームがキッカーに誘起する誘導電流の時間的な変化(1→2→3)を示した模式図

ビームが3 GeVシンクロトロンを周回中は、ケーブルの左端のスイッチはOFFになっています。このとき、ビームがキッカーを通過すると、そのコイルに電流を誘起します。この電流は、ビームがキッカーを通過するたびに誘起され重畳されるため、ビームを不安定にします。

 

図5-10 キッカーのケーブル端末の違いによるビームへの影響

図5-10 キッカーのケーブル端末の違いによるビームへの影響

ビームが最も不安定になる加速条件で、ケーブル端に抵抗をつなぐと誘導電流が激減し、ビームの振動振幅が抑制されます(赤→青)。

 


世界の最先端の陽子加速器のビームの強度は、この10年で、1桁向上しました。一般に、加速器ではビーム強度が上がると、ビームが加速中に進行方向に向かって水平方向に大きく振動し、軌道から外れます。これをビームの不安定性と呼び、ビームと加速器を構成している機器や真空容器に誘起される誘導電流との相互作用が無視できなくなるために生じます。これに対して、ビームを安定化できる手法があれば機器の増設や改造を行わずにビームの大強度化を実現できます。本稿では、私たちが開発した二つの新しいビーム安定化法を紹介します。

図5-8に、J-PARCの3 GeVシンクロトロン(RCS)における750 kWのビームの水平位置の測定例を示します。赤線が示すように加速条件を工夫せずビームの電荷密度が低いと、ビームは加速後半で不安定になります。

RCSのキッカー電磁石(以下、キッカー)はビームの加速終了時に約300 nsでパルス状の磁場を誘起してRCSからビームを出射させます。高速で出射磁場を調整するために電磁石本体は真空容器の内部に設置し、ビームと相互作用しやすくしていることが特徴です。これは逆にいうと、ビームの加速中はキッカーがビームを不安定にしやすいともいえます。図5-9に示すように、ビームがRCSを周回中は、キッカーに付属するケーブルの左端のスイッチはOFFになっています。このとき、ビームがキッカーを通過すると、キッカーのコイルに電流が誘起されます。私たちの構築した理論では、この電流がビームを不安定にすると予想されました(図5-9)。そこで、キッカーのケーブル端に抵抗をつなぐ改造を行い、試験を行った結果、誘導電流は激減してビームの振動振幅が抑制されることを測定で確認しました(図5-10)。さらに、RCSを構成する四極電磁石の強さを変化させ、ビームの水平方向の振動数と誘導電流がケーブル内を往復する振動数が共鳴しないようにしました。すると、ケーブル端を改造しなくてもビームを安定にできることを測定で実証しました。

また、私たちが構築した理論はビームを構成する陽子間の反発力(空間電荷効果)も考慮に入れており、加速とともにその効果が小さくなることが、加速後半でビームが不安定になる原因だと考えられました。それは、図5-8、図5-10の赤線で示した測定結果をよく説明できています。この考えに基づき、意図的にビーム長を短くしビームの電荷密度を高め空間電荷効果を向上させた結果、加速後半でもビームを安定化させることに成功しました(図5-8の青の0.010 s以後の結果)。

これらのビームの安定化法は、RCSで目標とする1 MWのビーム出力の条件を確立する上で大きな役割を果たしました。



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