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急冷水溶液に生じるナノ氷結晶を中性子と水素のスピンで観測
−食品・医薬品・細胞組織の凍結保存技術開発への貢献に期待−
図1 スピンの違いによる中性子の水素に対する散乱の変化
図2 (a)従来法と(b)スピンコントラスト変調中性子小角散乱法で測定した急冷グルコース水溶液の中性子小角散乱曲線
水は0 ℃以下に冷やすと一旦過冷却状態になり、その中で偶発的に生成した種結晶から氷結晶が一気に成長します。食品、医薬品、細胞組織を冷凍保存する際には、凍結保護剤を添加して氷結晶の成長を食い止め、細胞膜や細胞小器官などの破壊を防がなくてはなりません。
凍結保護剤による氷結晶の成長抑制メカニズムの解明は、凍結保存技術の高度化に欠かせません。私たちは、凍結保護剤の一つである糖(グルコースなど)による氷結晶の成長抑制メカニズムを、「スピンコントラスト変調中性子小角散乱法」という中性子の水素核に対する散乱能がそれらのスピンに強く依存する性質(図1)を用いた分析法によって解明しようと考えました。従来の中性子小角散乱法(図2(a))では、構造解析以前に散乱体が何かも分かりませんでした。それに対し、スピンコントラスト変調中性子小角散乱法(図2(b))では、スピンの向きに応じた散乱曲線の変化から図中の緩い傾斜がナノ氷結晶、きつい傾斜が非晶質氷の散乱であることが分かりました。また、急冷グルコース水溶液中に生成するナノ氷結晶は板状で、その厚さ2〜3 nmは過冷却水中での氷結晶生成臨界径とほぼ同じ、つまり氷結晶は核生成後に厚み方向に全く成長していないことを示します。
本結果は、グルコース分子が氷結晶の特定の面と強く結合することでその面方向の結晶成長を抑制していることを示唆しており、今後は計算科学を交えてその可能性を明らかにしたいと考えています。
謝辞
本研究は、一般財団法人総合科学研究機構(CROSS)、広島大学との協力の下、JSPS科研費(JP21H03741)、J-PARC MLFプロジェクト課題(2020P0202, 2021P0502, 2022P0502, 2020P0203)を用いて行われました。
著者(研究者)情報
著者(研究者)氏名 | 熊田 高之 | |
物質科学研究センター 階層構造研究グループ |
参考文献
公開日 2024年 11月 29日
中性子及び放射光利用研究