2.4 陰イオン交換膜におけるヨウ素の奇妙なふるまい
 


図2-8  電気透析実験の概念

陽イオン交換膜と陰イオン交換膜を交互に配置して電圧をかけると、陽イオンは陰極へ、陰イオンは陽極へと移動しようとします。このとき、イオン交換膜が特定符号のイオンのみを選択的に透過する作用を有することからヨウ化水素を分離・濃縮することができます。本実験では、C室(陰極液)でヨウ化水素(HI)の濃度を高めようとしています。


図2-9  電気透析実験での各室の成分量変化の計算予測値と実測値

F室(供給液)のヨウ素量は不変であると予測していましたが、実験ではヨウ素量の増加が観察されました。これは従来の理論では説明できない奇妙な現象です。


図2-10  陰イオン交換膜における透過機構(仮説)

A室では、電子が供給液側から移動してきて膜界面でヨウ素を還元するが、陽極で酸化されるため濃度変化は起こりません。F室では、HIのI-が本来膜を透過してA室へ移動すると予測していたが、膜界面で還元されI2になり、その結果I2が増加します。
 陽極液-膜界面:I2 + 2e- →2I-
 膜-供給液界面:2I-→ I2 + 2e-


クリーンな水素エネルギー社会の実現を目指し、水から水素を製造する熱化学法ISプロセスの研究を進めています。水をヨウ素(I2)や硫黄化合物(SO2)に反応させて、生成したヨウ化水素(HI)を熱分解して水素を得ます。ISプロセスでは、高濃度のヨウ素とヨウ化水素酸の混合溶液(HI-I2-H2O溶液:10 mol/kg-H2O)からヨウ化水素を効率的に分離する必要があります。この溶液は、共沸組成に近く蒸留による分離が困難ですが、イオン性であることから、海水からの製塩、醤油などの食品の脱塩に利用されている電気透析法に着目しました。
ヨウ素を溶解したヨウ化水素酸の電気透析を図2-8に示す装置で検討しました。電極間に電圧をかけると,ヨウ素イオン(I-)と水素イオン(H+)が電気力を受けそれぞれ陽極、陰極方向に移動し、ヨウ化水素酸の分離・濃縮が起こるものと予測しました(図2-9、計算値)。ところが、市販の陰イオン交換膜APSを用いた場合、ヨウ化水素酸の濃縮は予測通りでしたが、見掛け上中性ヨウ素分子I2が濃度勾配に逆らって膜を透過するという奇妙な現象を見出しました(図2-9、実測値)。この新規な現象は、膜を構成する高分子マトリックスとヨウ素との間において、電荷移動相互作用に起因して膜に電子伝導性が付与されたと考えると解釈できます(図2-10)。 
濃度の低い溶液側から濃度の高い溶液側へ膜を横切って透過する「上り坂」輸送に似た現象が起きたことを示唆しており、膜の化学にとっては興味深い現象と考えられます。



参考文献
K. Onuki et al., Electrodialysis of Hydriodic Acid in the Presence of Iodine, J. Membrane Sci., 175, 171 (2000).

ご覧になりたいトピックは左側の目次よりお選びください。

 



たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果 2001
Copyright(c) 日本原子力研究所