4.6 ゲルは固体か液体か? 中性子散乱でみえる2面性
 



図4-11  中性子小角散乱装置(SANS-J)と中性子スピンエコー法の概念図

中性子小角散乱は、中性子の微小角の散乱(運動量変化)を検出しナノメートルの構造や揺らぎの瞬間像を与えます。一方、中性子スピンエコー法は、小角散乱の前後で中性子スピンに歳差運動させ、散乱過程における中性子の速度変化を高精度に検出する非弾性散乱法です。この方法で濃度揺らぎの時間変化を100ナノ秒の時間スケールで解析することができます。


図4-12  高分子ゲルと中性子散乱実験の結果

高分子ゲル(ポリイソプロピルアクリルアミドゲル)は90%以上が水で構成され非常に柔らかいが決して流動しません。
図右(散乱プロフィール)
一見、普通の液体と変わりのないゲルの構造も、網目構造で凍結された「凍結揺らぎ」(赤い部分)と非凍結の「熱的揺らぎ」(青い部分)で構成されています。この移り変わりが10〜1ナノメートルの空間スケールで起き、これがゲルの固体と液体の2面性の起源です。



「ゲル」は高分子などの巨大分子が架橋されて三次元的な網目構造を作り、これが水などの大量の低分子を吸って膨潤したものです。このような物質形態は、私たちの体内で頻繁に目にすることができます。たとえば眼の中の角膜などは好例です。ゲルは大半が低分子で構成されていて、粘性体であるのに、固体と同じく流動性がありません。この点では弾性体とも言えます。このようなゲルの2面性は、どこから来るのでしょうか? この起源を中性子小角散乱と中性子スピンエコー法(図4-11)を併用することで内部構造とその運動性の両面から解析することができました。
ゲル(図4-12左)を網目構造より非常に小さなスケールでみれば液体となんら変わりがありません。普通の高分子溶液と同じように、濃度揺らぎが熱的に生成、そして消滅している微視的な階層があります。しかしゲルの網目構造のスケールで眺めるとこの描像はもはや正しくありません。網目を作る架橋点は、濃度揺らぎの一部を“ピン止め”し凍結します。濃度揺らぎの凍結、非凍結がナノスケールで共存している点が柔らかい固体の起源です。またこの濃度揺らぎの凍結、非凍結は、決してお互いに独立ではなく、相互作用し合って共存していることが分かってきました(図4-12右)。



参考文献
S. Koizumi et al., Frozen Concentration of Poly (N-isopropyl acrylamide) Gel Decomposed by Neutron Spin Echo, J. Phys. Soc. Jpn., 70 (Suppl. A), 320 (2001).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果 2001
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