6.4 高エネルギー電子線で熱分解炭素の「負の磁気抵抗」の謎にせまる
 


図6-8  熱分解炭素の結晶構造と電子線照射

熱分解炭素の基底面間距離は0.342 nmとなり、通常の黒鉛より大きく、また、格子欠陥を多く含む、乱れた構造を持っています。図は、電子線照射により炭素原子が正規の結晶位置から弾き出され、原子空孔が作られる様子を示します。


図6-9  磁気抵抗の磁場、原子空孔数密度依存性

試料にかけられた色々な磁場に対し、電子線照射によって加えられた原子空孔の数密度とともに、負の磁気抵抗が、さらに負の方向に変化する様子を示します。


図6-10  電気を運ぶ正電荷の粒子(ホール)と負電荷の粒子(電子)の数が試料中の原子空孔の数密度に対して変化する様子

実験データ(黒丸、白丸)から、試料中に、もともと数密度N0の原子空孔が入っていることが予測され、それが電子の数密度とホールの数密度に差を生じさせることにより負の磁気抵抗をもたらします。両者の一致するところが、原子空孔数ゼロの仮想的状態になります。



結晶化が十分進んでいない熱分解炭素は、磁場をかけることによって電気抵抗が減少するという特異な性質、すなわち「負の磁気抵抗」を示します。ここで、磁気抵抗とは、試料に磁場をかけない時の電気抵抗と、磁場をかけた時の電気抵抗の変化との割合で定義します。普通には、磁場中では電気を運ぶ正に帯電した粒子(ホール)や負に帯電した粒子(電子)の軌道が磁場によって曲げられるため電気抵抗は増加することから、この物質において負の磁気抵抗がなぜ現れるかは、これまで謎とされてきました。熱分解炭素の特徴は、図6-8に示すように、通常の黒鉛と比べて基底結晶面間が大きく、そのために電気伝導機構が二次元的であること、そして、格子欠陥を多く含む、乱れた構造を持っている、ということです。そこで、格子欠陥の存在と、負の磁気抵抗の関連性を調べるため、電子線照射を行うことによって、決まった数の原子空孔を試料中に加えることにより、磁気抵抗がどう変化するかを調べました。
図6-9に実験結果を示します。いろいろな大きさの磁場において、電子線によって加えられた原子空孔の数の増加とともに、負の磁気抵抗は、さらに負の方向へと変化します。この結果を基に詳しい解析をしたところ、熱分解炭素の負の磁気抵抗は、二次元伝導性と原子空孔の存在によって、ホールの数が増加し電子の数が減少したために現れることがわかりました(図6-10)。この研究の意義は、熱分解炭素の負の磁気抵抗に格子欠陥(原子空孔)が大きな役割を演じていることを明確に示したこととともに、高エネルギー粒子線を照射して格子欠陥を作ることより、材料の電気物性を制御できることを示した点にあります。従来、格子欠陥は、主に材料の性質を劣化させる要因として捉えられてきましたが、高エネルギー粒子線照射や格子欠陥を上手に利用すれば、材料の性質をうまく変えることもできるのです。



参考文献
A. Iwase et al., Negative Magnetoresistance of Pyrolytic Carbon and Effects of Low-Temperature Electron Irradiation, Phys. Rev., B, 60, 10811 (1999).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果 2001
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