9.4 重イオンマイクロビームでカイコの幼虫の成長のしくみを調べる
 


図9-8  重イオンラジオサージャリーによるカイコ成虫の特定器官欠失の誘導

幼虫の特定部位に重イオンを局部照射すると、翅、複眼、触角、鱗毛などの欠失を誘導することができます。


図9-9  造血器官に局部照射した幼虫の血球密度の経時変化

照射カイコの血球密度は未照射の対照カイコと異なり、5齢前半では増加せず、後半では血球密度の上昇が認められましたが、対照カイコと比較すると低いレベルでした。



昆虫の生体機能の研究では、各組織を摘出してその影響を解析する方法がよく用いられていますが、このような外科手術は出血を伴うだけでなく部位によっては手術をすること自体が困難な場合も少なくありません。そこで、重イオンを局部的に照射して生体内の特定の組織を不活性化するラジオサージャリー技術の有効性を探ってみました。
カイコ幼虫へ重イオンを局部照射すると、個体全体に均一照射した場合とは異なり、非照射部位に影響を与えることなく、照射部位に限定してその器官の欠失が観察されました(図9-8)。このことから、重イオン局部照射によるラジオサージャリーが昆虫の形態形成過程や機能の解析研究に有効であることが示されました。次に、この技術が体内の特定の器官の機能だけを選択的に破壊できるかどうかを調べるために、カイコ幼虫の造血器官を狙って局部照射を行ったところ、血液中の血球数の増加が抑制され、造血器官に機能障害が起きていることがわかりました(図9-9)。さらにイオン照射によってある血液タンパク質が消失していることを発見しました。このタンパク質は血球の生理機能との関連が予想され、まだよくわかっていないカイコの血球の生理機能の解明の手がかりとなることが期待できます。このように、重イオン局部照射によるラジオサージャリー技術は、従来の組織摘出法に代わる極めて有効な生物機能の研究手段であるといえるでしょう。



参考文献
屠 振力 他,家蚕幼虫の造血器官への重イオンビームの局部照射とその影響,日本蚕糸学雑誌,68(6), 491 (1999).
博士研究員

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果 2001
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