9.5 イオンビームが作るポジトロン放出核種を利用して植物機能を解明
 


図9-10  11C-光合成産物移行のポジトロンイメージング計測

11Cは崩壊してポジトロンを放出し、そのポジトロンは近傍の電子と結合して消滅します。このとき、同じエネルギーを持つ2本のガンマ線が同時に発生し、180°反対方向に飛びます。植物の外に飛び出してきたこの2本のガンマ線を、向き合わせた2台の検出器で同時に検出して、ポジトロン放出核種のあった場所、すなわち、11C-光合成産物の位置を求めます。


図9-11  11C標識メチオニンの葉から別の葉への転流を示す画像

オオムギの切断した葉に与えたメチオニン(必須アミノ酸)が他の葉に移行していることがわかります。鉄欠乏のためにクロロシス(白化)を呈した葉へとメチオニンは転流しますが、根には移行しないことがわかりました。同じく鉄欠乏のオオムギの根からメチオニンを与えた場合は根で消費されて葉まで移行しませんでした。メチオニンは、オオムギが土壌中の不溶性鉄の獲得に使うムギネ酸の合成に必須の物質ですが、植物体のどこで作られるかは長年の謎でした。これらの結果から、根でそれが作られることがわかりました。



植物は、環境に適応して生き抜くために、その変化を感じ取り、体内の様々な代謝機能を調節したり、場合によっては個体の形状を変化させて、環境への適応を図っています。植物の生き残り戦略を知るためには、従来、極めて困難だった生きた植物中での物質の移動を経時的に捕らえる計測技術の開発が不可欠と考え、脳の代謝機能を調べるために利用されているポジトロン(陽電子)断層画像技術を発展させ、植物の代謝機能研究のためのポジトロンイメージング法という新しい計測法を開発しました(図9-10)。ポジトロン放出核種で標識した化合物の分布を、2.3 mmの空間分解能を持つ植物研究用ポジトロンイメージング装置で二次元画像として捕らえ、画像構築のために必要な放射能量、情報量とも医学分野でのイメージングに比べ低く、S/N比の高い計測を可能としました。さらに、計測に使用する検出器の面積を14×21.5 cmまで拡大するとともに、計数回路、演算処理回路など信号処理に関わる性能を向上させることにより、これまでの計測手法では見ることができなかった、生きた植物が取り込んだ物質が代謝され、その産物が違う組織へと送り出される様子や、吸収した栄養成分の分布変化が、5秒という極めて短時間ごとの連続画像として得ることに成功し、植物内での物質移行がこれまでいわれていたようなゆっくりとしたものではなく、数秒から数分という短い時間で起こる現象であることを明らかにしました。土壌中の鉄を吸収するためにオオムギが根から分泌する物質の前駆物質は植物体内に広く存在するため、これまで植物内のどこで合成されているのか謎でした。私たちが開発した植物研究用ポジトロンイメージング装置を用いて、生きた植物内でのアミノ酸の移動の様子を世界で初めて捕らえることに成功し、合成の場が根であることを突き止めることができました(図9-11)。
環境を制御した植物中で生じている物質移行の変化から、環境の変化に対する植物の応答機構が少しずつわかってきています。



参考文献
H. Nakanishi et al., Visualizing Real Time [11C]methionine Translocation in Fe-Sufficient and Fe-Deficient Barley Using a Positron Emitting Tracer Imaging System (PETIS), J. Exp. Bot., 50(334), 637 (1999).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果 2001
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