公開日付: 2026年3月10日
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“悪者”水素を味方につけた鉄鋼材料の開発に向けて
-中性子が明かす水素によるステンレス鋼の強度・伸び向上の仕組み-

図1 本研究の概要
水素を均一に添加したSUS310S引張試験片を作製し、その場中性子回折により水素が強度と伸びを向上させるメカニズムを調べました。
持続可能な社会の実現に向け、水素は有力なエネルギーキャリアとして注目を集めています。その一方で、水素はインフラ整備に用いられる鉄鋼材料を脆化させる“悪者”ともみなされていました。ところが近年、310Sステンレス鋼(Fe–24Cr–19Ni, mass%)に水素を添加すると、強度と伸びがともに向上するという興味深い結果が報告され、大きな関心を呼んでいます。
本研究では、この現象の仕組みを解明するため、J-PARCに設置された工学材料回折装置「匠」(BL19)を用いて、引張試験中その場中性子回折実験を行いました(図1)。本装置では、中性子の高い透過能を活かして、変形中のバルク試験片から回折情報を得ることができます。回折パターンを解析した結果、水素が格子間に侵入することで結晶格子が膨張していることが確認されました。この膨張によって転位の運動が抑制され、強度が増す「固溶強化」が生じます。さらに、固溶強化によって変形中の応力が高まり、より小さなひずみで変形双晶(せん断変形によって“双晶面”に対して鏡面対称の配置となる結晶組織)が形成され始めることが分かりました。これが伸び向上につながると考えられます。
以上の結果から、水素による固溶強化が310Sステンレス鋼の強度と伸びを同時に高める重要な鍵であることを明らかにしました。本成果は、安全な水素貯蔵・輸送技術を支える新しい鉄鋼材料の開発に貢献するものです。
謝辞
本研究は、JSPS科研費(JP23K19189, JP21K14045)、文部科学省 データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122684766)、池谷科学技術振興財団 単年度研究助成(0361224-A)の支援を受けて実施されました。本研究の実験の一部は、文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ事業(JPMXP1223NM0178)の支援を受け、J-PARC MLFでの実験は、課題番号(2023I0019, 2024P0400)のもとに実施されました。
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参考文献
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