4-1 核力の性質から崩壊熱の予測精度向上へ

−テンソル力のβ崩壊への影響を解明−

図4-3 陽子・中性子間に働くテンソル力の性質

図4-3 陽子・中性子間に働くテンソル力の性質

スピン(矢印)の向きと、中性子と陽子の相対位置関係によってテンソル力は引力にも斥力にもなります。このうち引力の効果が、β崩壊に強く影響していることが分かりました。

 

図4-4 テンソル力の有無による132Snの半減期とその娘核132Sbの励起エネルギーの比較

図4-4 テンソル力の有無による132Snの半減期とその娘核132Sbの励起エネルギーの比較

横線は娘核132Sbの励起エネルギーを示しています。テンソル力を考慮することで、理論計算の半減期や132Sbの励起エネルギーが大きく改善されています。

原子炉で発生する核分裂生成物(FP)や、加速器による原子核破砕反応によって生じる核破砕片の中には、不安定な原子核が存在します。多くの不安定な原子核に共通する特徴は、β崩壊し、より安定な原子核に変化することです。β崩壊が起きると、電子(陽電子),反ニュートリノ(ニュートリノ),光が放出され、外部にエネルギーを与えます。一つの原子核のβ崩壊から放出されるエネルギーは非常に小さいですが、使用済核燃料などの中には膨大な数のFPが存在するため、β崩壊のエネルギーが大量の熱(崩壊熱)に変わっていきます。この崩壊熱は、核燃料の再処理や放射性廃棄物の処分を難しくしている問題のひとつであり、更に東京電力福島第一原子力発電所の破損した原子炉内から発生する熱源の主原因にもなっています。しかしながら、β崩壊には、いまだに理論的に説明することができない問題が残されており、崩壊熱予測に不定性を与えています。特に、魔法数と呼ばれる陽子または中性子数をもつ原子核のβ崩壊の放出エネルギーと半減期の測定データを、既存の理論モデルでこれまで説明することはできませんでした。

私たちは、この問題を解決するために、従来の理論モデルでは考慮されていなかったテンソル力に着目しました。テンソル力とは、原子核の構成粒子である陽子と中性子に働く基本的な核力のひとつです。図4-3に、その特徴的な性質を示しています。陽子と中性子が持つスピン(核子の自転のようなもの)の向きと、陽子-中性子間の相対的な位置関係によって、テンソル力は斥力にも引力にもなります。私たちは、このテンソル力を取り込んだ新たな理論モデルを構築して、コンピュータによる数値解析を行い、β崩壊に与える影響について調べました。その結果、テンソル力の引力の効果が強い影響を与えていることが分かり、図4-4で示されるように、魔法数を持った原子核スズ132(132Sn)のβ崩壊半減期が大きく改善され、またその娘核であるアンチモン132(132Sb)の励起エネルギーを再現することに成功しました。

本研究は、崩壊熱の予測精度向上につながる成果であるとともに、宇宙天体中での元素合成や核物理の基礎研究などβ崩壊がかかわる様々な研究分野においても大きな貢献となることが期待されます。