図11-2 ウラン標準物質(U-050)を用いた年代測定の結果
核物質・放射性物質を用いたテロが発生する懸念が高まる中、国際原子力機関(IAEA)は、「核鑑識」を国家が備えるべき重要な核セキュリティ基盤と位置付けています。核鑑識とは、捜査当局によって押収,採取された核物質あるいは放射性物質に関する元素組成,物理・化学的形態等を分析し、その物品の出所,履歴,輸送経路、目的等を分析・解析する技術的手段です。
核鑑識で行われる年代測定とは、核物質が製造された日を明らかにする技術であり、分析した物質の起源の特定に非常に有効であると考えられています。原理としては、例えば、ウラン(U)試料の製造過程において、U以外の元素は分離されるため、製造時のU試料中には、その子孫核種のトリウム(Th)は含まれないと仮定できます。一方で、時間の経過とともに、分離精製されたU試料中に再び子孫核種のThが一定の速度で生成されていきます。したがって、試料中の親核種Uと子孫核種Thの比を測定することで、製造日を明らかにすることができます。
私たちは、米国のローレンスリバモア国立研究所(LLNL)、ロスアラモス国立研究所(LANL)との共同研究として、ウラン年代測定に関する分析法の比較及びラウンドロビン(同一の試料を複数の分析者が分析し、結果を比較する)を実施してきました。原子力機構(JAEA)では、分析対象の234Uと230Thの定量には、同位体希釈質量分析法を用いました。この分析では、極微量に存在する230Thを高精度に測定するための課題として、主成分のUを効率良く除去できる分離精製方法の確立が必要でした。このために、既成の分離カラムよりも口径の細いカラムを自作し、カラムの流量を制御することで、高い除去率(10-8=Thフラクション中のU/初期試料中のU)を実現しました。また、この分離カラムの容量は0.3 mLと少量のため、試料の液量も少量に抑えることができ、分離操作及び試料の蒸発乾固にかかる時間を短縮することができました。Uの同位体比標準物質であるU-050を用いたラウンドロビンでは、各研究機関の結果は誤差の範囲で一致し、また、原子力機構は世界トップレベルの核鑑識分析技術を有する欧米の研究所の結果と比較しても良好な結果が得られ(図11-2)、実際に核鑑識事案が発生した場合に、適用可能であることが示されました。