1.6 非親和性のNiとC60が醸し出す不思議な調和形態
   


図1-11  合成した物質の走査型電子顕微鏡写真

フラーレン(C60)とNiを450℃でMgO(100)基板上に共蒸着した時に得られる自己組織化構造:C60を破壊しないよう、極低エネルギーで撮影しました(1 keV、3,000倍)。一本の縞は、高分子化したC60により被覆されたNi微粒子が凝集して、鎖状に配列した結果です。

 


図1-12  表面形態の微細構造解析

オージェ電子分光法による元素分析及び顕微ラマン分光法による状態分析の結果の概略を示しています。

 


 機能性物質の研究では機能単位の高密度化が進み、人工的な制御だけでは限界があることが認識され、物質構成要素自らが高次の構造を形成する過程(自己組織化過程)を利用する方法などが、ブレークスルーをもたらすものとして期待されています。さらにこの自己組織化過程を経て実現される物質状態は、予測不可能な新規なものである可能性も秘めています。
 私たちは、ダイヤモンド合成に必要な触媒物質のNiと炭素素材のフラーレン(C60)との反応性の研究の中で、美しく、規則性のある縞状のパターンに遭遇しました(図1-11)。一本の縞は、高分子化したC60で被覆されたNi微粒子が鎖状に連結されてできています。この観察結果は、MgO単結晶基板上に、450℃でNiとC60を共蒸着して得られたものです。基本的にNiとC60は非親和的で、仲間同士で凝集する傾向にありますが、NiからC60へ電子を供与して弱い結合状態をとると考えられます。そこで両者が動き回り易い舞台を提供してやることにより、仲間同士で集合する過程と両者が反応する過程とが微妙にバランスした、自己組織化構造が実現できたものと考えられます。
 私たちはさらに、この不思議なパターンの微細構造を探って見ることにしました。人間の視線に対応する電子やレーザーなどのビームを、普通の利用条件でC60に当てると、その結合状態は破壊されてしまいます。そこで、入射ビームのエネルギーを精密に制御して、場所に敏感な元素分析(オージェ電子分光)や結合状態の分析(顕微ラマン分光)を行いました。その結果の概略を図1-12に示します。ここでは、二次元平面上の縞模様は簡略に表現されており、一本の縞はC60で被覆された多数のNi微粒子が鎖状に集合した状態に対応します。更に内部を調べると、縞模様の下からは、結晶性Niと非晶質炭素よりなる層構造が表れました。Ni層は基板のMgOとの親和性のため、最深部に位置しています。
 これらの観察結果から、親和性が無いにもかかわらず、共蒸着法により強制的に混合され、過飽和な臨界状態にあるNiとC60の混合物は、三次元的な周期構造を自ら形成することにより、エネルギー的に安定な状態へと変化したものと理解されます。
 ここで示した自己組織化構造の観察は、過飽和な状態のみならず、様々な臨界状態を出発点にした新物質状態の探索への出発点です。図1-11に示した構造の段階でも、規則化パターンを利用した光学素子への応用、強磁性体Niと超薄膜C60層間の電子輸送現象を利用した新規メモリへの利用、更には放射線処理による炭素同素体間の変換による機能制御などへの展開が期待されます。従来の枠を越えた、学際的な相互協力が必要になる研究分野が今現れつつあります。


参考文献

J. Vacik et al., Mesoscopic Patterning Induced by Co-deposition of C60 and Ni on the MgO(100) Single Crystal, Proc. of Fall Meeting of Materials Research Society, Nov. 27 - Dec. 1, 2000, Boston, USA (2000).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2000
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