5.4 クリーンな大気環境維持、切り札は電子ビーム!


図5-8 吸収線量に対するTCE及び生成物の濃度変化

650 ppmvのTCEを含む空気を種々の線量で照射したときのTCEの減少と反応生成物増加の様子を示したものです。TCEは4.4 kGyで完全に消失し、代わってジクロロ塩化アセチル(DCAC)、一酸化炭素,炭酸ガス、ホスゲンが主に生成します。4.4 kGy照射で62%のTCEがDCACに変化したことを意味します。この段階で苛性ソーダ水溶液で処理すると、一酸化炭素以外の生成物は気相から除去できます。更に照射を続けると、DCACが放射線分解して一酸化炭素、炭酸ガスにまで分解できます。

 


図5-9 電子ビーム照射によるTCEの分離機構

電子ビーム照射で、試料ガス中の酸素、窒素原子がイオン化と励起を起こし、酸素ラジカル(O・)を発生させるとともに、水分子からはOHラジカル(OH・)が発生します。OH・によるTCE分子の酸化反応で塩素ラジカル(Cl・)が生成し、Cl・とTCEが連鎖的に反応して過酸化ラジカル(C2HCl4OO・)や酸化ラジカル(C2HCl4O・)を経てDCACとホスゲン(COCl2)が生成し、最終的には低分子ガスにまで分解するメカニズムが明らかになりました。

 


 材料・部品の洗浄や脱脂に広く使用されているトリクロロエチレン(TCE)をはじめとする揮発性の有機化合物(VOCs)は、発ガンや突然変異を誘発する物質であることが多く、TCEによる地下水、飲み水や土壌汚染などの問題が指摘されています。活性炭による吸着や触媒を用いた燃焼処理などの従来法は、汚染物質濃度の高いときには効率が良く経済的にも成り立つ方法ですが、濃度が低くなると効率が低下するので、新しい方法が模索されています。また、活性炭に吸着したVOCsは無毒化されるわけではなく、廃棄場所での二次汚染源となることもあります。
 VOCsを含んだ水やガスを放射線照射するとそれから生成するラジカルやイオンが直接VOCsを酸化したり分解したりすることができます。放射線分解は低濃度の塩素系VOCs含有化合物を室温で除去することができる新しい技術として期待され、すでに地下水中のTCEに対するγ線分解の研究が、実用化に向けて検討されています。
 電子ビーム照射は、線量率(時間当たりの線量)が高いためγ線照射に比べて、大量のラジカルやイオンを短時間に作り出すことができ、TCEで汚染した大量の水や空気を効率的に処理することが可能ですし、特に気相では低エネルギーの電子でも十分に透過するので、気相のTCE浄化に適する方法です。また、低エネルギー電子加速器は、X線の遮蔽構造も簡単で良い上、特に熟練した運転者も必要でないので、プロセスの経済性が向上し、実現性の高い技術と言えます。TCEの電子ビーム分解に及ぼす線量依存性(図5-8)、濃度依存性や水蒸気の添加効果を詳細に研究し、塩素系VOCsを効率良く除去できるプロセスの実現にきわめて有用な連鎖的な分解促進機構の全容(図5-9)を明らかにしました。


参考文献

T. Hakoda et al., Decomposition Mechanism for Electron Beam Irradiation of Vaporized Trichloroethylene-Air Mixtures, J. Phys. Chem., A, 104, 59 (2000).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2000
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