5.7 放射線抵抗性細菌のDNA修復遺伝子
   ―定説を覆す事実の発見―


図5-14 放射線抵抗性細菌デイノコッカス・ラジオデュランスの電子顕微鏡像

ラジオデュランスは、大腸菌の100倍、ヒトの細胞の約1,000倍、放射線に耐性を示します。ラジオデュランスのDNAは、大腸菌やヒトのDNAと同様に放射線によって損傷を受けますが、わずか数時間で損傷DNAを修復してしまいます。

 


図5-15 ラジオデュランスのDNA修復遺伝子の同定

329万塩基対の長さを持つラジオデュランスのゲノムDNAの中から、放射線耐性に重要な領域を4,402塩基対の長さにまで限定しました。さらに、正常株と放射線感受性変異株では、わずか一か所、2,877番目の塩基組成のみに違いがあることがわかりました。ここに存在するrecA遺伝子は、ラジオデュランスの放射線耐性に不可欠な遺伝子です。

 


図5-16 ラジオデュランスのDNA修復蛋白質の性質

recA遺伝子からはDNA修復タンパク質RecAが作られ、実際の修復反応を行います。ラジオデュランスのRecAを大腸菌に入れて、修復タンパク質としての性質を評価したところ、ラジオデュランスのRecAは、大腸菌やヒトの修復タンパク質と同様の性質しか持ち合わせていないことがわかりました。この実験によって、ラジオデュランスのRecAは放射線耐性に関わる特殊な性質を持っているという定説が覆されました。

 


 放射線抵抗性細菌デイノコッカス・ラジオデュランスの放射線耐性は、ヒトの細胞の約1,000倍であり、この著しく高い放射線耐性は、ラジオデュランス(図5-14)の効率良くしかも正確なDNA修復能力に依っていると言われています。これまでの研究から、ほとんど全ての生物が持っているrecAという遺伝子がラジオデュランスにもあり、この遺伝子から作られるタンパク質RecAが特殊な性質を持っていることのみが原因で、放射線耐性になっているという考えが定説でした。私たちはこの定説を確認する実験を行いました。
 ラジオデュランスの中にも放射線に弱くなった放射線感受性変異株が存在します。そのDNA塩基配列を解析して、放射線感受性変異株における変異部位を同定しました(図5-15)。その変異部位がrecA遺伝子中に存在していたことから、ラジオデュランスの放射線耐性には、recA遺伝子が不可欠であるということがわかりました。しかし、私たちがRecAの修復タンパク質としての性質を評価したところ、ラジオデュランスのRecAは、放射線に弱い他の生物のRecAと何ら変わらないという意外な新事実が明らかになりました(図5-16)。この事実は、ラジオデュランスのRecAが放射線耐性に関わる特殊な性質を持っているという定説を覆すと同時にラジオデュランスの放射線耐性の原因がRecAの機能だけでは十分説明できず、RecAと一緒に働く重要なタンパク質が他に存在することを示唆しています。


参考文献

I. Narumi et al., Molecular Analysis of the Deinococcus radiodurans recA Locus and Identification of a Mutation Site in a DNA Repair-Deficient Mutant, rec30, Mutat. Res., 435(3), 233 (1999).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2000
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