6.1 超リチウム化分子Li2F確認
   ―化学結合の本質解明に貢献―


図6-1 レーザーアブレーション‐飛行時間差質量分析計によって得られた質量スペクトル

フッ化リチウム(LiF)と窒化リチウム(Li3N)の混合粉末を圧縮して調製したペレット(錠剤)のレーザーアブレーションにより発生する分子種を超音速ビームとして取り出し、242 nmから258 nmの波長を持つレーザー光でイオン化したものです。質量数33と32の位置にLi2Fのシグナルが表れています。Li2F分子のほかにLi3F2やLi4F3などのクラスターのシグナルも見えます。

 


図6-2 Li2F分子とLi3F2およびLi4F3クラスタ−の光イオン化効率曲線

この測定から、Li2F分子のイオン化エネルギーは3.78±0.2 eVであることがわかります。量子化学計算による予想値(3.9 eV)とよく一致していることから、観測されたシグナルがLi2Fに由来することが確かめられました。

 


図6-3 理論計算(密度汎関数法)によって得られるLi2F分子の構造

最安定構造では、過剰な電子がつくるLi-Li結合により折れ曲がった形になります。直線系の構造異性体は不安定で実際にはほとんど存在しないと思われます。

 


 化学の常識では、周期表の第2、第3周期の元素はCH4、NH3、H2O、H2Sなどのように8個の原子価電子を持つとき、共有結合により安定な分子を形成します(オクテット則)。しかし、これらの分子の水素をリチウムで置き換えると、状況は一変します。その最初の例は、1978年に原研とドイツの研究者の協力によって発見されたLi3O分子です。この分子は形式的に9個の原子価電子を持ちながら8個の原子価電子をもつLi2Oへの解離に対し安定で、超リチウム化分子と名付けられました。その後、原研における研究で、Li6C、Li4O、Li4P、Li3S、Li4S、Li2CNなどの超リチウム化分子の実在が高温質量分析法によって確認されました。これらの分子の安定化には、過剰の原子価電子がつくるLi‐Li結合の網(ケージ)が大きな役割を果たします。
 理論的には、Li4N、Li5N、Li2F、Li3Fなどの存在も考えられますが、従来の方法では検出できませんでした。しかし、LiFとLi3Nの混合錠剤にレーザー光を照射したところ発生した蒸気中にLi2F分子を検出し(図6-1)、イオン化エネルギーを決定することができました(図6-2)。この実験では、Li3F2やLi4F3などの新しいクラスターも見つけました。Li2Fは9個の原子価電子をもつ超リチウム化分子で、理論計算によれば、図6-3に示す構造を持ちます。Li2F分子の実在確認は、超リチウム化分子の結合状態の解明につながり、さらには化学結合の本質の理解に役立ちます。


参考文献

K. Yokoyama et al., Production of Hyperlithiated Li2F by a Laser Ablation of LiF-Li3N Mixture, Chem. Phys. Lett., 320(5-6), 645 (2000).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2000
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