7.2 分子動力学シミュレーションで不思議物質の謎を解く


図7-3 クリストバライトの弾性定数の温度依存性

温度上昇と共に体積変形に対する成分C33が急激に減少し、ずれ変形に対するC44を急激に低下させて、この結果、絶対温度1,050度位で相転移を引き起こす様子がシミュレーションで捉えられました。

 


図7-4 クリストバライトのポアソン比の温度依存性

絶対温度300-1,800度の範囲で常に負の値をとることがわかります。

 


図7-5 低温相及び高温相における負のポアソン比のメカニズム

低温相にあるクリストバライトは(a)に示すように原子結合ネットワークの頂点の一部が内側に入り込んだ「反転構造」をとっているため、青矢印の方向に引っ張ると緑矢印の方向に膨張します。高温相では時間平均すると(b)図のような「通常構造」をとっており正のポアソン比が予想されていました。今回、高温相でも(c)に示すように瞬間的には「反転構造」をとるため負のポアソン比を示すことがわかりました。

 


 分子動力学(MD)シミュレーションは、物質の構成原子間にどのような力が働くかだけをモデル化して粒子運動を計算し物質の性質を理解する方法です。
 私たちは色々な材料の解析にこのMDシミュレーションを簡便に使えるようにするために「並列MDステンシル」を開発していますが、今回、この中の平衡系ルーチンを使って二酸化ケイ素の一種であるクリストバライトのMDシミュレーションを行いました。代表的な二酸化ケイ素である石英はその優れた熱的性質によって色々な応用がなされていますが高温ではこの石英から生成されるクリストバライトの相転移が関係した性能劣化が起こります。今まで、高温相については実験的にも理論的にもほとんど研究がなされていませんでしたが、私たちは絶対温度300度から1,800度という広い温度範囲にわたって、時間のかかるMDシミュレーションを行い、その物性値を求め相転移の様子を確認する(図7-3)とともに不思議な性質の原因を明らかにすることに成功しました。この物質の不思議さは、ポアソン比(物質を引っ張って伸ばしたとき、直角方向に縮む比率)が負であることです(図7-4)。ゴム紐を引っ張れば太さが細くなりますからゴムのポアソン比は正ですが、ポアソン比が負の物質というのは余り日常的ではありません。この研究で、広い温度範囲で見られるこの物質のポアソン比が実は全く異なるメカニズムで出てくると言うことも明らかになりました(図7-5)。


参考文献

H. Kimizuka et al., Mechanism for Negative Poisson Ratios over the α-β Transition of Cristobalite, SiO2: A Molecular-Dynamics Study, Phys. Rev. Lett., 84(24), 5548 (2000).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2000
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