6.2 レーザーによる化学結合の選択的切断
―励起状態間の飛び移りが支配する―
 


図6-3  157.6 nm 光励起 CBrClF2 分子の分解反応機構

Cl解離(1)、Br解離(2)と競争してC-ClおよびC-Br結合が同時に切れる3体解離(3)も起こっていることがわかりました。


拡大図(104KB)

図6-4  157.6 nm 光励起 CBrClF2 分子のポテンシャルエネルギー面における量子波束の時間発展

反応に関与する2枚のポテンシャルエネルギー曲面のうちエネルギーが高いポテンシャル面(右図)では、波束は時間とともに対角線上を進み3体解離を起こします。一方、左図のポテンシャル面はエネルギー的にはより下側に位置し、このポテンシャル面では、実験で観測されたように3体解離と並んでC-Br結合距離座標に沿って、ポテンシャルの谷間を進みBr解離を起こす波と、C-Cl結合距離座標に沿って、ポテンシャルの谷間を進みCl解離を起こす波も現れています。またこれらの波束は2つのポテンシャル面を飛び移りながら進み、その計算結果が右の挿入図に示されています。



レーザー利用のひとつの目的に選択的な化学反応があります。分子の中の化学結合は原子間に存在する電子によって決まりますが、この電子の状態を変える、あるいは別の電子をさらに付加することによって特定の化学結合を切ることができます。私たちは4個の異なる原子(団)が炭素原子に結合したCFClBrX(X=F, CBrF2など)に対して、157.6 nmレーザーを用いてCl原子の電子をC-Cl結合が不安定になるC-Cl反結合性σ(シグマ)軌道に励起するときの反応を調べてきました。C-Cl結合の強さが弱くなるのでCl解離が予想されます。ところが実験の結果は、Xの種類によって様々な割合でBrが生成します。CBrClF2分子では、図6-3に示す反応機構で分解が起こることがわかりました。同時に理論的な解析を試みました(図6-4)。反応に関与する2枚のポテンシャルエネルギー曲面をClとBr原子の位置を変化させてCASSCF法と呼ばれる量子化学計算で求め、さらに最初のレーザー励起状態から反応系がたどる経路を、ポテンシャル面上を走る波束(wave packet)Ψ1およびΨ2の時間変化として調べました。その結果、2つのポテンシャル面の間で飛び移りながら進むことや、さらに実験で観測されたClとBrの同時解離(3体解離)も確かに起こることを明らかにしました。また、ポテンシャル間の相互作用の大きさが、反応の分岐比を決める主な要因になっていることもわかりました。レーザーによる化学反応の制御法を探る基礎的知見として重要なものです。



参考文献
A. Yokoyama et al., Photodissociation Dynamics of CBrClF2 at 157.6 nm. I. Experimental Study Using Photofragment Translational Spectroscopy, J. Chem. Phys., 114, 1617 (2001).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果 2001
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