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中性子回折により明らかにされた蛋白質の水和水の運動




図4-13 中性子回折により明らかにされた様々な形状を持つ水分子

青い等高線は中性子密度、点線は水素結合を表します。分子構造は棒状で表示してあり、棒の色は原子種 (赤: 酸素, 青: 窒素, 黄: 炭素, 白: 軽水素, 水色: 重水素)を表します。中性子回折では、X線回折で得られる電子密度図(緑の等高線)では観測が困難な水素原子のピークを、はっきりと見て取ることができます。



図4-14 水分子の形状と温度因子の関係

横軸にX線で決められた温度因子、縦軸に中性子で決められた温度因子をとった散布図です。形状に応じてマーカーを色分けしてあります。X線と中性子の温度因子は正の相関があります。さらに、水分子の形状と温度因子の間にも相関があり、温度因子が低い(運動の少ない)水分子は、三角型をとり、温度因子が高くなるにつれその形状が変化していく様子がわかります。




 生体内では蛋白質は水和していて、水分子が蛋白質の働きに深く関っていることが知られています。しかし、X線構造解析では水素原子位置の決定が難しく、蛋白質の水和構造は部分的にしか解っていませんでした。今回、私たちは3種類の蛋白質(ミオグロビン、ルブレドキシン、ルブレドキシン変異体)について1.5〜1.6Å分解能の中性子結晶解析を行い、水分子中の水素原子位置を決定して、水和構造の詳細を明らかにすることに成功しました。
 水分子は、中性子散乱核密度分布(原子の存在位置を示します)図上で様々な形をとっています(図4-13)。その形状は、大別して三角形型、短い棒型、長い棒型と球型の4種類に分けられます。三角形型(図4-13(a))では、酸素原子(O)と2つの重水素原子(D)の全てが明確に観測できます。これに対して、短い棒型(図4-13(b))は重水素のピークが1原子欠損しています。見えない重水素原子はO-D軸の周りの回転により乱れていると考えられます。また、長い棒型(図4-13(c))では酸素原子の位置が不明瞭で、この場合には酸素原子位置がD-D軸の周りの分子回転等により乱れてしまっていると考えられます。球型では(図4-13(d))、水分子は完全に方向性を失ってしまい、このために輪郭が球状になっていると考えられます。
 水分子がこれらの形状をとる理由を考察する上で、温度因子に注目しました。温度因子は原子の熱振動による原子の平均変位から導かれる値です。X線回折と中性子回折の両方で得られた温度因子と、形状との間に強い正の相関を見て取ることができます(図4-14)。このことから、今回観測された水分子の形状が、水分子の結晶内での運動(ダイナミクス)に基づいていると結論することができます。
 今回明らかになった水分子のダイナミクスは、コンピューターシミュレーションやNMRでの溶液解析の研究に対する有益な情報となることが期待されます。



参考文献
T. Chatake et al., Hydration in Proteins Observed by High-Resolution Neutron Crystallography, Proteins, 50(3), 516 (2003).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2002
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