4-9

中性子でつくる放射性原子で化学反応過程を探る




図4-17 中性子を用いる極低温化学反応実験用クライオスタット

極低温実験用の一種の魔法瓶である本装置は、研究用原子炉(JRR-3M)の中性子ビームラインに設置されています。−270℃付近(1.42〜2.5K)という極低温は、液体ヘリウムの蒸発熱を利用してつくられます。化学反応種のトリチウム(T)は、中性子によるヘリウム-3の核変換によってつくられます。



図4-18 生成したT2分子のラジオガスクロマトグラフ法(−196℃)による分析結果

生成したT2分子はほとんどがオルト体になっています。矢印は原子核の核スピン(自転運動)の方向を表しています。



図4-19 極低温下の反応で生成したT2中のオルト体の割合()と天然存在割合(室温下および極低温下)との比較

結合反応では、ほとんどのT2分子が天然存在割合を越えてオルト体として選択的に生成することがわかります。



 中性子を用いる核変換によって、天然には存在しない放射性の同位体(同じ元素で重さの異なるもの)をつくることができます。また、その放射能を測定することによって生じた同位体を高感度で検出することができます。
 このような中性子の特長に着目し、私たちは研究用原子炉(JRR-3M)を利用して、液体ヘリウム-3の核変換により天然にはほとんど存在しないトリチウム(T)原子をつくり、極低温下におけるそれらの結合反応(T + T → T2)を調べることに初めて成功しました。水素同位体(軽水素, 重水素、三重水素[トリチウム])同士の結合反応は最も基本的な化学反応ですが、反応過程の詳細については現在でも良くわかっていません。
 ところで、T原子の原子核は、核スピンと呼ばれる自転運動をしており、その向きには左回りと右回りのあることが知られています。したがって、図4-17のような反応で生成したT2分子には、2つのT原子核の核スピンの組み合わせによって2種類のT2分子が生成します。同じ向きのスピンを持つ原子同士が結合した分子をオルト体、逆向きのスピンを持つ原子同士が結合したものをパラ体と呼び、それらの生成割合から反応の過程を知ることができます。
 図4-18および図4-19の実験結果は、オルト体が選択的に生成することを示しています。このことからT原子同士が衝突して安定なT2分子に落ち着くまでの過程では、回転遷移に対する選択律を考慮すると、分子の回転のエネルギ−準位が主として奇数の状態を経由することを明らかにすることができました。
  このように中性子の特長とトリチウムの特長を利用することにより、水素同位体同士の基本的な化学反応過程の全容解明に大きく前進することができました。



参考文献
K. Iguchi et al., Non-statistical Formation of J=1 T2 (ortho-T2) in Recombination Reaction of T+T+M→T2+M Liquid Helium at 1.42−2.50 K, Chem. Phys. Lett., 349, 421 (2001).

ご覧になりたいトピックは左側の目次よりお選びください。

たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2002
Copyright(c) 日本原子力研究所