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「ナノ結晶材料は放射線照射に強い」って本当?




図6-5 ナノ結晶構造の模式図

ナノ結晶材料のある断面の原子構造を模式的に示します。黒丸は結晶粒を構成する原子、白丸は結晶粒界を形成する原子を表します。



図6-6 室温照射での欠陥蓄積の様子

格子欠陥が拡散しやすい室温照射では、結晶粒界の多いナノ結晶材料の方が通常の多結晶材料よりも欠陥が蓄積されにくくなります。



図6-7 低温照射での欠陥蓄積の様子

格子欠陥の拡散しにくい低温照射では、室温照射の場合とは異なり、ナノ結晶材料の方がより欠陥が蓄積されやすくなります。



 「ナノ結晶材料」とは、大きさが10 nm程度の非常に小さな結晶粒から成る特殊な多結晶材料のことです(図6-5)。その結晶粒の小ささゆえに、ナノ結晶材料中には非常に多くの界面(結晶粒界)が存在します。そのため、一般に「ナノ結晶材料は放射線照射に強い」と考えられてきました。放射線照射によって結晶中に導入される格子欠陥は、結晶粒の表面に相当する結晶粒界まで拡散すると消えてしまう、と考えられているからです。しかし、実際にその照射挙動を通常の多結晶材料と比較した例はほとんどありません。果たして本当に「ナノ結晶材料は放射線照射に強い」のでしょうか。
 私たちはその真偽を確かめるために、金で作ったナノ結晶材料(結晶粒径23 nm)のイオン照射実験を多結晶材料と比較しながら、格子欠陥の拡散しやすい室温(300K)と拡散しにくい低温(15K)で行いました。金を用いたのは、表面や結晶粒界が酸化しにくく、ナノ結晶としての性質を調べるのに適しているからです。
 室温照射では、従来の考え方の通り、ナノ結晶材料には欠陥が蓄積されにくい、すなわち「照射に強い」結果となりました(図6-6)。ところが、これを低温照射にすると、全く正反対の結果が得られました。ナノ結晶材料の方がより欠陥が蓄積されやすくなったのです(図6-7)。
 イオン照射の代わりに電子線照射を行うとその傾向がより顕著になるため、ナノ結晶材料の結晶粒界近くにある金原子の弾き出しエネルギーのしきい値が通常の約半分程度まで低くなっている、と考えることで説明できます。すなわち、金のナノ結晶材料では、通常の多結晶材料より2倍程度欠陥が生成されやすいことになります。ナノ結晶材料は、その使用条件によっては、必ずしも「放射線照射に強い」とは言い切れないのです。



参考文献
Y. Chimi et al., Accumulation and Recovery of Defects in Ion-irradiated Nanocrystalline Gold, J. Nucl. Mater., 297, 355 (2001).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2002
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