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DNA塩基の特定原子を放射光で“狙い撃ち”
―複雑なDNA損傷のラジカルを追跡―




図8-10 放射光によるDNA中の特定原子の選択励起

放射光のエネルギーを変えることで、DNA中の酸素や窒素といった構成原子の内殻電子を選択的に励起することができるため、生じるDNA損傷の生成メカニズムを詳しく調べることができます。



図8-11 DNAの4塩基のひとつ、グアニンの酸素を共鳴励起したときのEPRスペクトル

ビーム照射中に現れた鋭いラジカルシグナルが、ビームをオフにすると消え、代わりに安定なラジカルが残る様子を示しています。



図8-12 不安定グアニンラジカルの収量の光子エネルギー依存性

酸素を狙わない低エネルギー側(525 eV)に比べて、酸素の共鳴励起(536 eV付近)によりラジカル収量は約5倍に増加することがわかりました。



 環境や医療の現場において私たちが放射線を浴びると、細胞中のDNAに損傷が生じます。これらのうちの一部は、酵素的修復システムの網をかいくぐり、突然変異などを引き起こすと考えられています。しかし、従来の放射線を用いた研究では、様々なDNA損傷が生じてしまうため、その生成過程を精密に調べることが困難でした。私たちは放射光を利用することで、これまで不可能であったDNA分子中の特定原子の“狙い撃ち”を行い、DNA損傷の生成過程を詳しく調べてきました(図8-10)。
 放射光照射により、DNA中に化学的活性の高いラジカルが反応中間体として生成することが予想されます。私たちはこれらのラジカルを観測するため、世界で初めて電子常磁性共鳴(EPR)装置をSPring-8のアンジュレータ放射光ビームラインに直接組み込みました。この装置の特徴は、極めて明るくかつ単色性の良い放射光ビームの特徴を生かし、ビーム照射中に生成するラジカルを“その場”で測定できることです。
 成果の一例として、DNAを構成する4塩基のうちのひとつで、損傷が最も集中しやすいとされるグアニンを試料に用いた測定結果を図8-11に示します。グアニン中の酸素原子を狙って共鳴励起した場合、照射中にのみ現れる強いEPRシグナルを観測することに成功しました。このシグナルは、励起緩和により1正孔が生じた短寿命のグアニンラジカルによると推定され、これがさらにビーム照射後にも残る安定カチオンラジカルに推移してゆく様子も見い出されました。さらに、X線のエネルギーを変えるとスペクトルの形状が変化することから、X線エネルギーに特有のラジカル反応が起こることが明らかになりました(図8-12)。これらの成果は、従来のDNAの放射線化学を、より詳細な反応素過程の分光研究へ発展させたことを示すものです。



参考文献
A. Yokoya et al., EPR Spectrometer Installed in a Soft X-ray Beamline at SPring-8 for Biophysical Studies, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A, 467-468, 1333 (2001).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2002
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