9-1

エネルギーで微分するG値を使って照射効果を知る
―重イオン放射線化学反応における重イオンの線質効果―




図9-1 実験装置の写真 (左) および模式図

金属製セルに入れた水溶液試料を撹拌しながら、AVFサイクロトロンで加速された重イオンの照射を行います。セル上部のアルミニウム箔の厚さを変化させることによってイオンの入射エネルギーを少しずつ変化させます。



図9-2 入射イオンのエネルギーと生成するチロシン分子数

入射重イオン1個あたりに生成するチロシン分子数は入射イオンのエネルギーの増加にともない、急増加します。



図9-3 重イオン照射したフェニルアラニン水溶液から生成するチロシンの微分G値とLETの関係

同一イオン種でみるとLETが高くなると微分G値は減少します。また同じLET値で比較すると、C、Ne、Arというように重くなるほど微分G値は大きくなります。




 放射線化学の研究では、放射線から受け取ったエネルギー100 eVあたりの生成数として定義されるG値を使って実験結果が解析されてきました。近年、ガンマ線や電子線に代わって種々のイオンビームが用いられるようになってみると、用いるイオンの種類(原子番号、質量)、その速度(したがってエネルギー)などによって照射効果は複雑に変化し、従来からのG値による解析が困難になってきています。
 私たちは、同じイオン種についてエネルギーとともに変化するG値(微分G値)を得るように工夫して、実験データをこの微分G値で表現することにしました。照射装置を図9-1に示します。用いたイオンは、高崎研TIARA施設のAVFサイクロトロンによって加速された220 MeV のCイオン、350 MeVのNeイオン、460 MeVのArイオンです。調べた反応系はフェニルアラニン水溶液で、ここでは水の放射線分解でできたOHラジカルがフェニルアラニン分子のフェニル環に付加してチロシン異性体をつくる反応です。測定結果を図9-2に示します。照射イオンのエネルギーが大きくなると急速に(急上昇のカーブを描きながら) 生成分子数が増加します。従来のG値は、生成分子数が入射エネルギーに比例するとして原点から引いた直線の傾きから求めるもので、いわば平均化されたG値です。私たちの方法は、試料中イオンのエネルギーの関数としてG値が求められ、より詳しい情報を含んでいるといえます。またよく使われるLET(線エネルギー付与)に対してプロットすると、図9-3から分かるように、同じイオンではLETとともに微分G値は減少しますが、同じLETでも原子番号の大きいイオン種の場合で大きい微分G値が得られます。これらの結果は、重イオン飛跡周辺の微小領域の線量分布、つまり重イオントラック構造の違いによるものとして解釈されます。これまで重イオントラック構造については、理論的な研究や微小領域の線量測定法によって研究されてきましたが、私たちの実験手法はそれを実際の化学反応系に定量的に関連させるものであり、今回の成果はその最初のものです。



参考文献
M. Taguchi et al., Yields of Tyrosine Isomers in the Radiolysis of Aqueous Phenylalanine Solution by Energetic Heavy Ions, Radiat. Phys. Chem., 60, 263 (2001).

ご覧になりたいトピックは左側の目次よりお選びください。

たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2002
Copyright(c) 日本原子力研究所