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新しい荷電粒子検出高分子膜の開発
―宇宙ステーションやがん治療現場で威力を発揮―




図9-6 高分子フィルムの合成

CR-39モノマーと他のモノマーを共重合することで放射線感度を上げることができると考え、種々検討した結果、N-イソプロピルアクリルアミドを共重合させるとCR-39フィルムに比べて高い感受性を示すことがわかりました。次いで少量の抗酸化剤を加えるなど、重合・製膜条件を検討しさらに高感度化に成功しました。開発されたフィルムはTNF-1の名称で市販されています。



図9-7 種々の陽子エネルギーと感度との関係

試料の前に種々の厚さのアルミ製アブソーバーを置きエネルギーをコントロールして照射しました。TNF-1は27 MeV(TD-1では20 MeV)の陽子まで検知するのに十分な感度をもっています。これはTD-1に比べて、より低LETの荷電粒子まで対応できることを意味します。重イオンを用いた結果も、低LET荷電粒子の検出が実証されています。




 宇宙線などの高エネルギー荷電粒子が高分子フィルムを通り抜けると、飛跡周辺ではイオン化⇒分子鎖切断等の過程で高分子フィルムは損傷を受けます。薬品で処理すると損傷箇所はエッチングされ細孔となり、この孔径と深さから、宇宙線の種類とエネルギーを計測します。
 荷電粒子はその原子番号と速度によりイオン化を引き起こす能力(線エネルギー付与、LET)が異なり、LETが大きいほど一個の荷電粒子がたくさんのイオン化を誘起し、同じ原子番号の荷電粒子では速度が速いほどLETが小さくなります。これまでポリジエチレングリコールビスアルカーボネート(CR-39、DT-1)が宇宙線観測に使用されてきましたが、さらにLETが小さい宇宙線を検出する高分子膜が待ち望まれていました。私たちは図9-6に示す方法で新たな飛跡検出高分子フィルム(TNF-1)を開発しました。
 図9-7は、宇宙での存在割合が最も高い陽子に対する検出感度を比較したものです。TNF-1の方が高エネルギーの陽子を検出できることがわかります。実際にスペースシャトルで宇宙に運びTNF-1とTD-1の性能がテストされました。TD-1の検出限界LETは2.8 keV/μmに対してTNF-1では2 keV/μmmの宇宙線まで検出可能であることが実証され、これから始まる国際宇宙ステーションで宇宙放射線線量計としてきわめて有用であることが確かめられました。
 より低いLETの荷電粒子まで検出ができることは、他分野での応用拡大につながります。重粒子線ガン治療では、核破砕片(フラグメント粒子)によるガン細胞より深いところにある正常細胞の損傷を防ぐため全線量に対するフラグメントの線量の割合を知ることが重要です。TNF-1は、この用途に有用なことが実証されています。水素を含む材料中に高速中性子が入射すると水素原子が中性子によりはじき出され、反跳陽子が発生します。この量を測ると入射してきた中性子の線量を測ることができます。TNF-1は、純CR-39の2倍の検出効率があることが確認されています。



参考文献
K. Ogura et al., Properties of TNF-1 Track Detector, Nucl. Instrum. Methods, Phys. Res., B, 185, 222 (2001).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2002
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