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イオンビームで起こる植物の突然変異の正体は?




図9-10 炭素イオンと電子線の誘発突然変異率

炭素イオンと電子線をシロイヌナズナの種子に照射してtt (種皮の色素欠損)とgl (葉の毛の欠損)の突然変異を誘発しました。炭素イオンは電子線に比べて単位線量当たりの突然変異率が17倍高いことがわかりました。



図9-11 炭素イオン誘発突然変異率の分類

誘発突然変異を分類すると遺伝子内に変異が生じている小さな変異と遺伝子が切断されて他の部位と結合した大きな構造変化に分かれます。炭素イオンではほぼ1:1の割合で変異が生じており、小さな変異を誘発しやすい従来の放射線に比べ大きな構造変化を起こしやすいです。



図9-12 炭素イオンによって誘発された大きな構造変化の一例

このgl1突然変異体では第3染色体にあるGL1遺伝子とAtpk7遺伝子が切断されて、その断片が逆向きに結合(逆位)しています。また、第2染色体の119塩基対がなくなる(欠失)とともに、その大部分である107塩基対が第3染色体の逆位部分に挿入されていました。



 イオンビーム照射は局所的に大きなエネルギーを付与することから、誘発される突然変異は他の突然変異原によるものとは質的に異なる可能性があります。実際にこれまで、紫外線耐性のシロイヌナズナや新しい花色のキク等有用な植物を作り出すことができています。しかしながら、イオンビームによって誘発される突然変異に特徴があるのかどうかはわかっていませんでした。
 そこで、実験材料として遺伝学的解析やDNAレベルでの解析に適するモデル植物であるシロイヌナズナを用い、炭素イオン(220 MeV, 150 Gy)で誘発される突然変異の誘発率および生じた変異をDNAレベルで解析しました。その結果、炭素イオンは従来利用されてきた低LET放射線(電子線)に比べ単位線量当たりの突然変異率が17倍高いこと(図9-10)、また、欠失、逆位、転座、挿入といった大きな構造変化を生じやすいこと(図9-11、図9-12)がわかりました。
 これらの結果はイオンビームは突然変異原として利用価値が高いことを示しており、今後の植物の遺伝学的研究や作物育種への応用の基礎を築いた意義は大きいと考えられます。



参考文献
N. Shikazono et al., Rearrangements of the DNA in Carbon Ion-Induced Mutants of Arabidopsis Thaliana, Genetics, 157, 379 (2001).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2002
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