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水和キュリウムイオンの電子状態を並列化分子軌道計算により解明




図10-2 分子軌道計算における電子間反発積分の並列処理の模式図

分子軌道計算では、電子間反発のエネルギーを基底関数のラベルを4つ持つ積分の和として表現します。基底関数は、分子中のどの原子に属するか、また関数のタイプがs型かp型か等によって分けられ、様々な種類の積分が膨大な数(10の10乗以上のオーダー)生じます。幸い、積分計算には独立性があるために並列化が有効に働きます。



図10-3 キュリウムイオンの6水和体モデル

黄色、赤色、白色のボールが順にキュリウム原子、酸素原子、水素原子です。このモデルでは、計6個の水分子が酸素側をキュリウムイオンに向けて囲んでいます。




 マイナーアクチニドの1つキュリウムは水溶液中では3価の水和イオンとして存在し、5f遷移による赤橙色の蛍光を放つことが知られています。この蛍光の寿命を測定して水和数を決定する実験は原研により既になされていましたが、中心イオンの電子状態についての詳細な知見はこれまで得られていませんでした。
 私たちは、計算科学技術の1つとして並列化された分子軌道計算を推進してきました。分子軌道計算は、分子の電子軌道を基底関数の組で展開することにより電子状態を数値的に解析することができますが、基底関数のラベルを4つ持つ電子間の反発積分を全て計算してエネルギーを評価するために大きな労力を要します。とくに、アクチニドのように相対論効果を厳密に含める必要がある場合、計算量は非相対論に比して100倍程度になりますので、図10-2のように電子間反発積分の計算タスクを並列化によって高速に処理することは本質的な要求となります。
 水和キュリウムイオンの並列化分子軌道計算では、DIRACコードを用いて図10-3に示す6個の水分子を含むモデルまでを扱いました。この計算によって、水和が水分子からキュリウムの空位の6d軌道に電子が主に供与されて安定化する配位結合によること、結合にはキュリウムの準内殻の6p軌道も間接的に関与すること、5f電子の蛍光遷移が水からの供与による影響で低波長側にシフトすること、などを初めて明らかにしました。
 今後は、キュリウム以外のイオンの水和モデル、あるいは弗化物や酸化物も対象に含め、アクチニドの並列化分子軌道計算を展開していく予定です。



参考文献
Y. Mochizuki et al., On the Electronic Structure of Cm(H2O)3+n(n=1,2,4,6) by All-Electron Dirac-Hartree-Fock Calculations, J. Chem. Phys., 116, 8838 (2002).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2002
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