3-4

低線量放射線被ばくの影響解明に迫る
―放射線により損傷したDNAの構造変化と修復酵素の損傷認識のシミュレーション―




図3-11 8-オキシグアニンの生成によって起こるDNA 鎖の構造変化

15塩基対の中央にあるグアニン(G8)が8-オキソグアニン(8-oxoG)に変わると、C23 との水素結合は保持されますが、周辺のA7:T24、G9:C22、T10:A21 などの水素結合が解離し、原子間の静電的反発によってアデニン(A21)がらせん構造の外に飛び出します。こうして生じた穴を酵素が認識して結合します。



図3-12 チミンダイマー(2量体)の生成によるDNA 鎖の変化

DNA鎖中にチミンダイマーが生じると、チミンダイマーを中心にしてDNA鎖が折れ曲がり、そこに酵素が結合して、安定な複合体を作ります。このときチミンダイマーの静電エネルギーは− 10kcal/molであり、酵素活性中心のグルタミン酸は+10kcal/molで、通常のチミンの静電エネルギーは0ですから、この静電エネルギーの変化を認識して、酵素が損傷部位に結合します。




 放射線によってDNAが傷つくと、4つの核酸塩基(チミンT、アデニンA、グアニンG、シトシンC)が変化したり、DNA鎖が切断されたりします。しかし、これらの損傷のほとんどは、細胞内にある酵素の働きで、元通りに修復されます。酵素がDNA損傷を修復する時に、どのようにして長いDNA分子の中から損傷部位を見つけ出すのでしょうか。これまでの生物実験から、酵素が認識するための信号がDNAにあること、酵素にはDNA 結合部位があってそこで損傷を認識すること、酵素とDNAの選択的な結合は酵素のアミノ酸とDNAの塩基との間の水素結合やファンデアワールス力で起こることが分かっています。しかし、酵素が選択的にDNAの損傷部位をどのようにして認識するのか、その根本的なメカニズムは良く分かっていません。
 そこで、分子動力学的シミュレーションを用いて、数百ピコ秒の時間内で起こるDNAの塩基損傷と酵素との相互作用を調べました。塩基損傷としては、突然変異や発ガンの原因となる8-オキゾグアニン、皮膚がんの原因となるチミンダイマーについて検討しました。その結果、8-オキソグアニンが生じた時には、相補的塩基の間で水素結合のネットワークが壊れ、2重らせんの開裂が生じるとともに、塩基損傷が起きた反対側のDNA鎖で塩基の飛び出しが起こり、らせん構造が歪むことが分かりました(図3-11)。一方、チミンダイマーが生じると、損傷部位を中心にしてDNAらせん構造に鋭い折れ曲がりが起こることが分かりました(図3-12)。また、塩基損傷が生じない場合には、DNAの2重らせん構造に顕著な構造変化が起こらないので、酵素はDNAと結合しません。したがって、このような塩基損傷周辺で起こる2重らせん構造の変化を酵素が認識して、安定な複合体を形成するものと思われます。このDNAの構造変化に伴って起こる静電エネルギーの変化を計算した結果、損傷部分に特異的なエネルギー変化が起こることが分かりました。すなわち、修復酵素がDNA表面を走査して損傷を探す時に、この静電エネルギーの変化が損傷部位を非損傷部位とを区別する1つの重要な目印になっていることが明らかになりました。



参考文献
M. Pinak, Computational Determination of Radiation Damage Effects on DNA Structure, Cent. Eur. J. Phys., 1(1), 179 (2003).

ご覧になりたいトピックは左側の目次よりお選びください。

たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2003
Copyright(c) 日本原子力研究所