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「錆をもって錆を防ぐ」
―耐候性鋼の秘密に迫る―




図5-15 Cr-ゲーサイトのXAFSスペクトル

Cr-K吸収端近傍のX線吸収係数のエネルギー依存性を示します。高エネルギー側の振動の様子から、クロム原子周辺の構造が求められます。



図5-16 クロム周辺の動径構造関数

XAFSスペクトルをフーリエ変換を用いて解析すると、吸収原子周辺の他の原子の分布の様子が分かります。この結果ではクロムには第一近接として酸素が配位しているものの、より遠方の原子との相関が少なく、クロム酸化物イオンが乱れた結晶構造中にあることが分かりました。



図5-17 硫酸クロムによる炭素鋼表面の腐食過程

試料表面が硫酸クロム水溶液の液膜で濡れている状態を2時間、乾燥状態を1時間維持して1サイクルとし、乾湿繰り返しのサイクルで鋼材試料表面が腐食していく過程を放射光X 線回折でその場観察しました。図には3サイクル以降の各段階でのX線回折パターンを示しました。6サイクル(腐食開始後約1000分)目で約2.45Åにあるゲーサイト構造に対応するピークが急激に成長しています。硫酸ナトリウムで腐食した場合は、約50時間経過してもゲーサイトはほとんど生成しませんでした。




 耐候性鋼は微量のクロム、銅、リンなどを添加した低合金鋼で、降雨・降雪に直接さらされる大気腐食環境下でも防錆塗装なしで使用できる構造材料です。その耐食性は表面にできたさび中にあるクロムを含んだゲーサイト(オキシ水酸化鉄FeOOHの一種)が、微結晶が集合した隙間のない緻密な組織を作ること、このゲーサイト層が硫酸イオンなどの腐食性アニオンを透過しにくい性質をもつことなどによる効果と考えられています。自らの「錆をもって錆を防ぐ」耐候性鋼の添加元素の役割を解明することは、より耐食性と適用範囲にすぐれた鋼材を開発するのに不可欠です。
 今回、私たちは放射光を用いてX線吸収率のエネルギー依存性を測定し、X線吸収微細構造(XAFS)と呼ばれるスペクトル(図5-15)の振動構造を解析することで、耐候性鋼さび中のクロムの状態を調べました。その結果、クロム原子はゲーサイトの鉄原子を置換しているのではなく、クロム酸化物イオンとして結晶構造中の隙間に入っていることが分かりました(図5-16)。
 クロム酸化物イオンが持つ負電荷が腐食性アニオンの侵入を妨げ、また比較的大きなクロム酸化物イオンのあることで結晶の原子配列が乱されてゲーサイトが微結晶化していると考えられます。
 クロムにはゲーサイトの生成・成長を促進する働きも期待されます。放射光を用いたX線回折で鋼材表面の腐食過程をその場観察してみると、鋼材中にクロムを添加しなくても腐食水溶液中にクロムイオンがあれば、ゲーサイトの生成が速くなることを確認しました(図5-17)。このような放射光を用いた微視的な研究により、表面処理による新しい防錆技術の展開の可能性が見い出されました。



参考文献
M. Yamashita et al., Structure and Protective Performance of Atmospheric Corrosion Product of Fe-Cr Alloy Film Analyzed by Mössbauer Spectroscopy and with Synchrotron Radiation X-Rays, Corros. Sci., 45, 381 (2003).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2003
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