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理論計算で探る液体ヘリウム中の化学反応
―量子系ダイナミクスの新しいシミュレーション法の開発―




図7-12 200個のヘリウムクラスター中の塩素分子光分解のシミュレーション

青がヘリウム原子の質量中心、赤い線は塩素分子の量子波束を示しています。最初クラスターの中心にあった塩素分子はパルスの光照射によって2個の塩素原子に分解して、約1ピコ秒後にはヘリウムクラスターの外に飛び出していきます。一方、ヘリウムクラスターは時間とともに、徐々に大きくなっていき、最後はヘリウム原子はクラスターから蒸発していきます。



図7-13 2ピコ秒間のヘリウム原子の軌跡

ヘリウム原子の運動を量子的に取り扱った場合(a)と古典的に取り扱った場合(b)の計算結果の比較。量子計算ではクラスターが徐々に大きくなっていくのに対し、古典計算では多くのヘリウム原子は元の場所で振動しています。




 ヘリウムはその強い量子性のために、低温にしても固体になりません。このような媒体中での化学反応を調べることによって、未知の化合物や新しい分子の合成法について知見が得られると期待されます。しかし、多くの原子を含む複雑な化学反応系に、量子力学を適用するのは難しい問題です。
 私たちは溶質分子の運動には量子波束法を用い、溶媒の運動には経路積分セントロイド分子動力学法を用いるという、ハイブリッド理論を開発し、まずこれをヘリウムクラスター中に溶質分子が存在するという比較的簡単な系について研究しました。この計算法を用いると、量子的な粒子を含んだ化学反応のダイナミックスを実時間で簡単にシミュレートすることができます。
 図7-12は、200個のヘリウムクラスターに塩素分子を入れ、非常に短いレーザーパルスで光分解させたときの、シミュレーション結果です。図7-13ではヘリウムの運動を量子力学的に取り扱った場合と、古典力学的に取り扱った場合の計算結果を比較しています。量子計算では、分解で生成したエネルギーがすばやくクラスター中に行き渡るヘリウムの量子性が見事に再現されています。この方法を用いると、量子媒体中の化学反応の理論的な理解が飛躍的に深まると期待できます。



参考文献
T. Takayanagi et al., Photodissociation of Cl2 in Helium Clusters: an Application of Hybrid Method of Quantum Wavepacket Dynamics and Path Integral Centroid Molecular Dynamics, Chem. Phys. Lett., 372, 90 (2003).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2003
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