8-2 |
低温域で起こる新しいポジトロニウム形成過程を発見
|
|
|
陽電子とは電子の反粒子で、質量は電子と同じ、電荷が電子と逆で正です。その陽電子と電子が結合した状態をポジトロニウム(Ps)と呼びます。電子は通常自由な状態では存在せず、原子や分子の中の軌道内に存在します。これら電子を自由な状態にするために必要なエネルギーがイオン化電位で、通常真空中で十数eV程度です。それに対しPsのイオン化電位は6.8 eVです。つまり、電子は原子・分子内の方がより居心地が良く、その結果、陽電子を原子・分子の近くにおいても電子を引き抜いてPsを形成することはできません。しかし、陽電子を分子性固体・液体や高分子などの物質中に入射するとPsが形成されます。これは次のように説明されます。陽電子の入射エネルギーによって物質内の分子がイオン化され電子が放出されます。このような電子を過剰電子と呼びます。過剰電子は、陽電子が止まる(熱化する)近くでも多く存在します。陽電子がこの過剰電子を捕まえればPsが形成されます。これが従来より広く受け入れられているPs形成機構で、数ピコ秒で起こっていると考えられています。 1980年代に低温域(物質によるが170〜220K以下)でPs形成収率が測定開始後ゆっくりと増加する現象(図8-3)が見られ、左で述べたような従来のPs形成過程ではうまく説明できませんでした。低温域では分子運動がだんだん凍結されていき、過剰電子は0.5〜3 eV程度のトラップサイト(図8-4内U型のポテンシャル)に捕まり、準安定な状態で長時間存在できるようになります。このような電子が存在すると、左で述べたような従来のPs形成を逃れた陽電子もその後拡散し、これらの電子を見つけられれば、トラップサイトから電子を引き抜いてPs形成が可能になります(図8-4)。これが、新しいPs形成です。準安定化電子は可視光によって解放され、図8-4の右下に示したように消えます。その結果、可視光を照射すると新しいPs形成の成分が消え、従来のPs形成のみが見られます(図8-3)。また、従来のPs形成がピコ秒程度であるのに対して、新しいPs形成は数百ピコ秒でも可能であると考えられ、これも実験で確認されました。 この結果、10年以上の間、明らかでなかったPs形成機構を解明すると共に、特に高分子分野におけるPs形成に関する解釈(一部教科書などにも採用されている)が誤りであることを示し、また、新しい研究分野を開拓し、現在もさらに研究を行っています。 |
●参考文献 T. Hirade et al., Positronium Formation at Low Temperatures: The Role of Trapped Electrons, Rad. Phys. Chem., 58, 465 (2000). |
ご覧になりたいトピックは左側の目次よりお選びください。 |
たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2003 Copyright(c) 日本原子力研究所 |