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難治ガン克服へ挑む原子炉技術
―次世代のホウ素中性子捕捉療法のための線量評価システムの開発―




図11-1 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の原理

ガン細胞に選択的に集まるホウ素化合物を患者に投与しておき、原子炉から発生する中性子ビームを患部に向けて照射します。照射された中性子ビームは頭部内で減速して熱中性子になり、ガン細胞内のホウ素と10B(n,α)7Li 反応を起こします。この反応で放出されるリチウム原子核とα 粒子(ヘリウム原子核)によってガン細胞を破壊します。細胞組織内でのα 粒子、リチウム原子核の飛程は約10 μm 程度しかなく、これは人間の細胞の径にほぼ等しいため、周囲の正常細胞にはダメージを与えず、ガン細胞のみを破壊できるのです。



図11-2 線量評価システム(JCDS)による線量評価の流れ

JCDS に患者のCT、MRI などの医療画像データを入力して、患者の頭部3 次元モデルを作成します。このモデルに対して中性子ビームを照射する条件(ビームの線質、方向、距離等)を設定し、中性子・光子輸送計算コードMCNP で線量計算を行います。この計算結果を元のCT、MRI データ上や頭部3 次元モデル上に重ね合わせて表示を行い、照射条件を決定するための情報を出力します。




 ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy: BNCT)は、難治ガンの1つである悪性脳腫瘍等の治療法として、世界各国で研究が行われている放射線治療です 。図11-1は、BNCTの原理を示しています。これまで日本では、熱中性子ビームを使って治療が行われてきましたが、近年では、熱中性子をより深部まで送り込むことのできる熱外中性子ビームを使うことによって、脳内深部にある悪性腫瘍を治療できるものと期待されています。
 これまでの治療では、患部にどのぐらいの吸収線量が与えられたのかという評価を、頭部表面に配置した金の放射化量を測定して評価していました。しかし、この評価方法では、数点の限られた場所しか評価できないこと、脳内深部には金を配置できないため脳内の測定ができない、などの問題がありました。特に熱中性子が脳内深部に達する熱外中性子ビームを用いる場合、深部にある患部や周辺組織への吸収線量を評価することは困難でした。そこで、中性子ビームをどの方向からどの程度照射すれば患部にどのぐらいの吸収線量が与えられるのか、周囲の正常組織への影響はどの程度か、治療に必要な照射時間はどのぐらいか、ということを数値シミュレーションによって評価することができるBNCT線量評価システム(JCDS)を開発しました。図11-2はJCDSによる線量評価の流れを示しています。JCDSは、患者のCT、MRI画像を使って患者の頭部3次元モデルを作成し、中性子・光子輸送計算コードMCNPを使って患部及び周辺の吸収線量を計算します。
 JCDSの開発によって、これまで評価できなかった脳内深部にある患部や、周辺の組織への吸収線量を評価することが可能となりました。治療前に行う様々な条件でのシミュレーションから得られた詳細な評価結果を基に、医師は最適な照射条件を決定し、治療を実施することが可能となりました。私たちは今後もJCDSを、より高精度な線量計算を短時間で実行できるように、研究開発を進めていきます。このようなJCDSの開発は、BNCTの治療効果を向上させ、この治療法の確立に大きく貢献するものと期待されています。



参考文献
熊田博明 他、ホウ素中性子捕捉療法のためのBNCT線量評価システム(JCDS)の開発、JAERI-Tech 2003-002 (2003).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2003
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