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重粒子線による人体エネルギー付与過程を解明
―原子力技術を宇宙開発分野に応用―




図3-8 宇宙空間における放射線環境



図3-9 陽子及びいくつかの重粒子に対する線量換算係数



図3-10 宇宙飛行士の1日当たりの被ばく線量




 大強度陽子加速器施設(J-PARC)などの加速器施設における放射線業務従事者、超音速航空機の乗客乗員、宇宙飛行士などは、高エネルギー放射線により被ばくする可能性があります。特に、宇宙飛行士は、陽子や中性子だけでなく、地球上ではほとんど被ばくすることのない重粒子(陽子より重い原子核)にも被ばくしています(図3-8)。放射線による人体影響の大きさは、放射線が人体内で引き起こした電離作用の大きさ、すなわち人体に付与されたエネルギーの分布により決定されます。重粒子は、陽子や電子と比べて電離作用が大きいので、人体に大きな影響を与えると言われていますが、その影響の具体的な大きさは評価されていません。
 なぜ評価されていなかったのでしょうか? それは、重粒子は、陽子や中性子と比べて非常に複雑な核反応を引き起こすため、その人体内での挙動を解析することが極めて難しく、人体への影響の大きさを評価するための基礎情報である被ばく線量を評価できなかったからです。そこで、まず私たちは、これまで原子力分野で培ってきた技術を基に、粒子及び重粒子の物質内での挙動を3次元的にシミュレーションできるコンピュータコードを世界に先駆けて開発しました。そして、そのコードを用いて、重粒子被ばくにより人体に付与されたエネルギーの分布を計算し、粒子1個入射当たりの被ばく線量(線量換算係数)を導出しました。また、その値を基に、全ての重粒子に対する線量換算係数を簡単に計算できる普遍的な近似式を開発しました。その結果の一部を図3-9に示します。
 この線量換算係数を用いれば、宇宙飛行士の被ばく線量を簡単に評価することができます(図3-10)。今後、国際宇宙ステーションでの長期滞在や有人火星飛行を実現するためには、宇宙放射線による人体への影響の大きさを正確に評価することが不可欠であり、本研究の成果により、その第一歩を踏み出したといえます。



参考文献
T. Sato et al., Conversion Coefficients from Fluence to Effective Dose for Heavy Ions with Energies up to 3 GeV/A, Radiat. Prot. Dosim., 160(2), 137 (2003).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2004
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