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原子のビームで多層膜界面をナノ研磨
―高反射率多層膜スーパーミラーの開発―




図4-10 原子ビーム研磨の原理

低エネルギーのArビームを成膜直後の薄膜に照射し、薄膜表面の結合力の弱い原子をスパッタし界面粗さを低減します。



図4-11 原子ビーム研磨による多層膜界面粗さの向上

Ni/Ti多層膜(20対層)において、Ni層のみ成膜直後にArビームを加速電圧100 V、入射角度10°で、69秒間照射した際の試料の透過電子顕微鏡断面写真(TEM)。界面粗さを従来の0.7 nmから世界最高の0.3 nmとすることに成功しました。Arビーム照射によって急峻な界面が創成されたことが明確に観察されました。



図4-12 多層膜周期長による原子ビーム研磨の効果

Ni/Ti多層膜で、最小膜厚(d=2.7 nm、600層)で4 nmと評価されましたが、d=2.0 nmでは、弾き飛ばされた原子が深部の薄膜と混合層を作り、界面粗さは増加しました。




 多層膜スーパーミラーは、大強度陽子加速器施設や研究炉の中性子ビームラインにおいて、中性子の輸送、分岐、集束、偏極に用いられる重要な中性子光学デバイスです。このデバイスは、中性子に対して屈折率の異なる非等厚の金属多層膜で構成され、これの模擬する人工結晶格子のブラッグ散乱によって、反射する中性子の角度・エネルギー範囲を飛躍的に増加させ、中性子科学研究の加速を図ることが期待されています。しかし、これまで多層膜形成時の結晶粒による表面粗さや界面拡散によってシャープな界面構造が乱れ、中性子反射率性能低下の原因となってきました。原研では、この非常に僅かな原子オーダーの界面粗さの低減を図るため、低エネルギーの原子のビームを薄膜表面に照射し、薄膜表面の結合力の弱い原子をナノメートルオーダーで研磨する技術開発を行ってきました(図4-10)。
 本研究で用いたイオンビームスパッタ装置で成膜した金属多層膜は、膜が緻密で結晶粒も小さく、従来のマグネトロンスパッタ装置に比べ界面粗さが小さいのですが、さらに究極の界面を創成するためには、照射する原子ビームのエネルギー、照射時間、入射角度を精査し、最適条件を見つけ出すことが課題でした。
 実験は、Ni/Ti、Ni/Mn、NiC/Ti多層膜をイオンビームスパッタ装置を用いて成膜し、直後に低エネルギーのArビームを照射します。この際、種々の周期長、周期数の多層膜(周期長2 nm〜10 nm、周期数10〜300対層)を作成し、X線回折により界面粗さを評価しました。これらの実験の結果、各々の試料で研磨の効果が確認されました。例えばNi層を研磨した場合、最適条件として、照射時間69 s、加速電圧100 V、入射角度10°が得られ、Ni/Ti多層膜の界面粗さを従来の0.7 nmから世界最高の0.3 nmに低減することに成功しました(図4-11)。また、この界面粗さは、膜層数を600層に増加させてもほとんど変わらないことも分かりました(図4-12)。この最適条件をもとに、多層膜スーパーミラーを試作したところ、ニッケルの全反射の3倍の臨界角を持つNi/Ti多層膜スーパーミラー(400層)で、従来の反射率80%を90%にまで増加させることに成功しました。さらに、NiC/Ti多層膜に応用することによって、ニッケルの全反射の4倍の臨界角を持つ高反射率多層膜スーパーミラーの開発が可能となりました。



参考文献
K. Soyama et al., Reflectivity Enhancement of Large m-Qc Supermirror by Ion Polishing, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res., Sect. A, 529, 73 (2004).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2004
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