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中性子散乱で筋収縮制御の分子機構に迫る
―中性子散乱で捕らえた筋肉「細いフィラメント」中のトロポニンCの構造変化―




図4-16 筋肉の細いフィラメントの模式図

筋収縮の制御機構が存在する骨格筋及び心筋の細いフィラメントはアクチン、トロポミオシン、トロポニンI、トロポニンC、トロポニンTが規則正しく配列して繊維状の蛋白質複合体を形成しています。



図4-17 中性子小角散乱用試料調製の原理

細いフィラメント中のトロポニンCのみを「見る」ために、まず(a)トロポニンCを重水素化し、細いフィラメント中に組み込むことにより、他の成分とのコントラストをつけます。次に(b)試料溶液中の重水濃度を適当に設定して重水素化されていない成分と散乱長密度が一致するようにします。こうすることによって中性子にとってトロポニンCのみが「見える」ことになり、この条件で中性子小角散乱実験を行うことにより、細いフィラメント中のトロポニンCのみからの散乱曲線が測定できることになります。



図4-18 細いフィラメント中のトロポニンCからの中性子散乱曲線及びその解析結果

Ca2+の有無の条件下で実験を行った結果、細いフィラメント中のトロポニンCのみに由来する中性子散乱曲線に違いが観測されました。これはCa2+の有無でトロポニンCに構造変化が起こっていることを示しています。モデル計算による解析を行った結果、トロポニンCは、鉄アレイ様の形をしており、Ca2+の結合により約0.2 nm引き伸ばされると同時に、細いフィラメントの軸方向に約0.4 nm近づくことが明らかとなりました。




 筋肉は、その主要成分である2種類の繊維状巨大蛋白質複合体「太いフィラメント」と「細いフィラメント」が互いに滑ることによって収縮します。筋収縮及びその制御の分子機構の解明は生物物理学上の重要な問題の一つです。筋肉は細胞中のCa2+濃度の上昇により収縮しますが、骨格筋や心筋では制御機構は細いフィラメントにあります。細いフィラメントではアクチン、トロポミオシン、トロポニンC、トロポニンI、トロポニンTという5種類の蛋白質が規則正しく配列しています(図4-16)。
 細いフィラメントによる筋収縮制御機構の解明のためには、細いフィラメント中でのそれぞれの蛋白質の構造を知ることが非常に重要です。私たちは、その第一段階としてトロポニンCの構造を中性子小角散乱法を用いて調べました。トロポニンCを重水素化し、細いフィラメントに埋め込み、さらにトロポニンC以外の成分が「見えない」条件にして中性子小角散乱実験を行うことで、トロポニンCのみの構造情報を得ることができます(図4-17)。このような測定は中性子を用いることにより始めて可能となります。
 中性子小角散乱実験の結果、細いフィラメント中のトロポニンCは、鉄アレイ様の形をしており、Ca2+の結合により約0.2 nm引き伸ばされると同時に軸方向に約0.4 nm近づくことが明らかとなりました(図4-18)。他の成分についても同様の測定を行い、得られた構造情報を組み合わせることで筋収縮制御に関与する蛋白質間相互作用の詳細が明らかになることが期待されます(本研究は科学技術振興調整費総合研究により補助を受けています)。



参考文献
F. Matsumoto et al., Conformational Changes of Troponin C within the Thin Filaments Detected by Neutron Scattering, J. Mol. Biol., 342 (4), 1209 (2004).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2004
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