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シリコンを限りなく薄くしていくとどうなるか?
―シリコンナノ構造の化学結合状態を解明―




図5-18 シリコン蒸着装置の概略図

シリコンロッドをフィラメントにより加熱し、グラファイトなどの化学的に不活性な基板表面に蒸着します。蒸着速度は水晶振動子を使った膜厚計で正確にモニターし、1原子層以下の厚みを持つシリコン薄膜を作成します。作成した薄膜の電子構造は、真空を破ることなく放射光光電子分光法によってその場観察しました。



図5-19 シリコン薄膜のX線光電子分光スペクトル

0.04 nmの膜ではバルクのシリコンに対応するピーク(A)が支配的ですが、さらに薄い0.03 nmになると、約2.8 eV高いエネルギーにピーク(C)が成長します。このピークは理論計算と比較した結果、シリコン原子10個から成るクラスターに対応することが明らかになりました。




 現在パソコンなどに使われている半導体素子のほとんどは単体シリコンでできています。近年の半導体素子の微細化に伴い、厚さが数原子程度のシリコン薄膜や、数原子のシリコンからできる超微粒子(クラスター)が実際の半導体素子として使われる時代も近づいています。特に寸法が10 nm以下の量子ドットと呼ばれる構造は、高い効率の可視光発光、高い輝度の電子放出など、バルクのシリコンにないナノ構造特有の興味深い物性を示すことが知られており、これらの物質の構造や電子状態を解明することが重要となっています。
 この研究では、流量を正確に制御したシリコン原子ビームを用い(図5-18)、固体表面上に1原子層あるいはそれ以下のシリコンを蒸着し、その電子構造を放射光を使ったX線光電子分光法及びX線吸収端微細構造法により調べました。図5-19は0.04と0.03 nmの厚みを持つシリコン薄膜のX線光電子分光スペクトルです。バルクのピーク(A)より高い結合エネルギーにいくつかの新しいピークが観測されました。このうち0.03 nm以下の厚みで大きくなる(C)のピークの結合エネルギーを理論計算と比較した結果、これはシリコン原子10個から成り立つクラスターに対応することが分かりました。また、得られたクラスターはバルクのシリコンよりも酸化反応に対して非常に安定であることも明らかにしました。
 これらの成果は、バルクのシリコンと明らかに異なる構造を持つナノメートルスケールのシリコンの電子構造を解明したものであり、量子ドットなどナノ構造物質の新規な物性の理解にも役立つものと考えられます。



参考文献
Krishna G. Nath et al., Chemical-State Analysis for Low-Dimensional Si and Ge Films on Graphite, J. Appl. Phys., 94 (7), 4583 (2003).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2004
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