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1 keV領域で機能する雲母結晶偏光子の開発




図5-10 白雲母結晶の偏光別反射率に関するシミュレーション結果

s偏光の反射率は入射エネルギーの増加に伴って高くなっていきますが、p偏光の反射率はs偏光の反射率に比べ1桁以上も低く、また、880 eV近傍に極小値を持っているのが分かります。このことから、白雲母は880 eV近傍でs偏光の光を反射する反射型偏光子として機能する可能性が高いと推測されます。



図5-11 偏光成分の定義

電場の振動方向が入射面内にある偏光成分をp偏光、入射面と垂直な偏光成分をs偏光と呼びます。入射エネルギー880 eV、入射角45°近傍で白雲母結晶の反射率測定を行った結果、s偏光の反射率はp偏光に比べて約200倍高く、白雲母結晶が反射型偏光子として機能することが分かりました。




 これまで高い偏光性能を持つ偏光子の開発が遅れていた1 keV領域において、雲母結晶が高効率な反射型偏光子として機能することを見出すと同時に、それを用いて第三世代高輝度放射光源SPring-8 BL23SU(可変偏光アンジュレータ軟X線ビームライン)の直線偏光度を初めて検証することに成功しました。
 光の偏光に対する物質の応答を調べることによって、物質の電子状態や原子配列等の情報を得ることができます。特に、1 keV領域の偏光軟X線は、強磁性元素(Fe、Ni等)から成る磁性半導体材料や生命物質(P、S等)の分光学的研究にとって極めて有効な光です。偏光を用いた実験では、光の偏光状態は重要なパラメータであるため、測定に用いる光の偏光状態に関する情報を知っておく必要があります。そのためには、偏光素子が必要不可欠です。しかしながら、これまで1 keV領域で十分な性能を持つ偏光素子は開発されていないために偏光状態の評価実験も行われていませんでした。そこで、1 keV領域で機能する偏光素子を開発するために、その性能を理論・実験の両面から検証しました。
 まず、従来から分光結晶として知られ、1 keV領域に対応する格子面間隔(約1 nm)を持つ天然の雲母結晶(白雲母)の偏光性能に関するシミュレーションを行い、同結晶が偏光子(特定の偏光成分のみを取り出すための素子)として有望であることを示しました(図5-10)。次に、立命館大学SRセンターに設置している軟X線光学素子評価装置を用いて入手した多くの白雲母結晶のs偏光反射率を測定し、この中で特に反射率が高かった結晶について、任意の偏光状態を生成(可変偏光アンジュレータ)できるSPring-8 BL23SU(測定は水平偏光モードを選択)に持込み詳細な性能評価測定を行いました。その結果、白雲母結晶は、入射エネルギー880 eV、入射角45°近傍でs偏光の最大反射率3%、偏光能0.990(偏光子の偏光性能を表し、それの絶対値が1に近いほど高性能)の高効率な反射型偏光子として機能することが分かりました(図5-11)。また、入射光(880 eV)の直線偏光度は0.993(+1の時、完全に水平直線偏光)であることが分かりました。このことは、入射光の偏光状態がほぼ水平に直線偏光していることを示しています。さらに、白雲母と類似した結晶性質を持ち、今後雲母を用いた偏光子の工業的な生産に適した合成雲母(フッ素金雲母)も白雲母と遜色ない偏光性能を有する偏光子として機能することを見出しました。
 今後は、移相子(直線偏光と楕円偏光の変換素子)の開発や偏光素子の適応エネルギーの広帯域化を図ることにより、SPring-8等の放射光源の円偏光度測定や非偏光光源から任意の偏光状態の生成等を通して、磁性材料評価研究等の様々な研究分野に貢献していくことを目指します。



参考文献
T. Imazono et al., Performance of a Reflection-Type Polarizer by Use of Muscovite Mica Crystal in the Soft X-ray Region of 1 keV, Rev. Sci. Instrum., 76(2), 023104 (2005).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2005
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