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重イオン1個で特定の細胞1個を狙い撃ち!




図6-1 生物用重イオンマイクロビーム照射システムの概要

細胞への照準照射は、準備室と照射室に設置した2台の高精度顕微鏡を利用して行います。照射に先立ち、5 mm四方にまばらに播いた細胞を蛍光染色法で位置検出します。その位置情報を利用して、すばやく細胞を直径5 μmに微細化した重イオンマイクロビームで照射します。照射後、細胞を生かしたまま、照射容器底面をエッチング処理することで、イオンがヒットした位置を可視化し、細胞にヒットしたイオンの数と位置を検出します。その後、細胞へのイオンヒットの効果を継続的に解析します。



拡大図(98.5KB)

図6-2 細胞への重イオン照射効果

重イオンをマイクロビーム照射した1つの細胞が60時間経過後にどれだけ増殖したかを調べてみました。重イオンが核にあたった細胞核ヒット細胞では、増殖がほぼ完全に阻害されていました。一方、細胞質に重イオンがあたった細胞質ヒット細胞では、異なるヒット効果が認められました。加えて、重イオンがヒットした細胞と同じ照射容器で培養した非ヒット細胞であるバイスタンダー細胞の増殖は、ヒット細胞が同じ照射容器内にない非照射コントロール細胞と比べてほぼ半分に抑制され、バイスタンダー効果が認められました。




 重イオンビームは、自然界では宇宙線の高エネルギー成分として存在する重粒子線を、加速器を用いて人工的に発生させたものです。重イオンビームは、X線やγ線よりも生物に対する効果が大きいため、がん治療や植物の品種改良(イオンビーム育種)への応用が始まっていますが、特定の細胞を狙った照射ができなかったため、重イオンの照射効果を細胞レベルで調べることができませんでした。そこで原研では、マイクロビームを用いて一つの細胞に1個の重イオンを照射し、その影響を追跡観察できる実験システムを開発しました(図6-1)。
 このシステムを利用し、重イオンマイクロビームを、特定の細胞に顕微鏡で観察しながら狙って照射し、その後培養しながら照射した細胞の観察を続けたところ、細胞核にイオン1個が照射されただけで細胞の増殖が強く抑制されること、また、照射した細胞から離れたところにある照射されていない細胞でも培養液を介し細胞の増殖が抑制される現象(バイスタンダー効果)を見出しました(図6-2)。
 今回の成果を利用して、今後さらに、細胞の核あるいは細胞質など細胞内の照射箇所と細胞が示す反応との関係や、バイスタンダー効果の機構を遺伝子レベルで解明することによって、低線量域放射線に特有な生体反応の解明や、少ない量の照射で効く新しいがん治療法の開発、イオン照射で誘発される大きな突然変異を利用したイオンビーム育種技術の高度化などが期待されます。



参考文献
T. Funayama et al., Irradiation of Mammalian Cultured Cells with Collimated Heavy Ion Microbeam, Radiat. Res., 163(2), 241 (2005).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2005
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