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葉から茎へ、根へ、実へ
―ポジトロンイメージングが拓く植物の養分輸送の定量的理解―




図6-4 11C標識光合成産物が茎の中を下方へ輸送される様子

ソラマメの成熟葉を挿入したセル(斜線部分)に微量の11CO2を含む空気(総CO2濃度:約350 ppm)を供給し、茎中のRIの移動をPETISにより経時的に撮像し、次に、供給ガス中の総CO2濃度を1000 ppmに引き上げ、同じ植物個体に対して同様の撮像を行いました。


図6-5 輸送速度と茎組織への分配率

茎は、光合成産物の輸送経路であると同時に、それ自身も生長しているため、光合成産物を要求します。そのため、光合成産物は節(葉の付け根)から節へ輸送される間に目減りしていきます。その割合(矢印脇の数字)を推定すると、高濃度CO2条件下においては目減りの割合が相対的に小さいことが分かりました。これは茎の要求量を満たして余りある光合成産物が輸送されていることを示すものと推測できます。一方、輸送速度は高濃度CO2条件下において最大で2倍に上昇しました。これは葉での光合成量の増加に伴って輸送力が上昇していることを示すものと推測できます。




 植物の葉が吸収した二酸化炭素(CO2)は光合成により糖となり、またアミノ酸や有機酸などに変化して、主に篩管を通じて実や根などの部位に適切に輸送、分配されます。神経系や心臓を持たない植物において、光合成産物の輸送システムはどのような仕組みで制御されているのでしょうか。
 私たちは、これまでにポジトロンイメージング装置(Positron Emitting Tracer Imaging System: PETIS)を開発し、様々なラジオアイソトープ(RI)標識化合物の植物体内における輸送の様子を可視化してきました。特に、RI標識された二酸化炭素(11CO2)を植物の葉に与えた場合には、光合成産物の輸送を可視化することができます。
 本研究では、PETISで捉えた動画像の数理的解析法を開発し、植物体内の光合成産物の輸送を数値的に評価しました。これにより、定性的な「連続写真」にとどまらず、定量的な「動態」として光合成産物の輸送と分配を把握できるようになりました。
 この方法を用いて、通常大気中濃度よりも高い濃度のCO2をソラマメの葉に与えた時に、光合成産物の輸送がどのように変化するかを解析しました(図6-4)。動画像データを基に、茎中の光合成産物が刻々と移動していく様子を正しく再現するような数式(伝達関数)を求め、この式から、茎を通る光合成産物の輸送速度の分布と茎の組織への分配の割合を定量的に推定しました。その結果、高濃度条件下では通常条件下と比べ、茎の中の輸送速度が一様に上昇し、根側に分配される割合が大きくなることが分かりました(図6-5)。このような解析を進めていくことにより、養分の動きについて供給部位(成熟した葉)と要求部位(根、果実など)のバランスを理解することができ、農業分野への貢献が期待できます。



参考文献
S. Matsuhashi et al., Quantitative Modeling of Photoassimilate Flow in an Intact Plant Using the Positron Emitting Tracer Imaging System (PETIS), Soil Sci. Plant Nutr., 51(3), 417 (2005).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2005
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