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二酸化ネプツニウムの不思議な秩序
―最先端の実験と理論から半世紀にわたる謎に迫る―




図7-1 NpO2およびUO2おける17O核NMRスペクトルの温度変化

スペクトルの形状は電子がつくる酸素核位置での内部磁場の分布に対応しています。NpO2では相転移温度26K以下で、スペクトルの幅が増大しますが、その様子は通常の双極子秩序を示すUO2とは大きく異なっているのが分かります。


図7-2 八極子秩序状態における電子の電荷分布の対称性

色はスピン上向き(赤)とスピン下向き(青)の状態の重みを示しています。それぞれのNpイオン上の電子状態は、異方的な電荷分布の上に、異方的にスピンが分布しているために有限の八極子モーメントを持っています。




 二酸化ネプツニウム(NpO2)は二酸化ウラン(UO2)と並んで最も古くから研究が行われているアクチノイド化合物のひとつです。しかし、このNpO2の低温での電子状態(基底状態)がどのような状態なのかは長い間の大きな謎でした。最近、この基底状態がNpの5f電子の軌道自由度を起源とした全く新しいタイプの磁気秩序状態である可能性がでてきました。そこで、私たちは最新の実験技術と理論を用いてあらためてこの問題に取り組みました。その結果、この低温の基底状態が通常の双極子による秩序ではなく、さらに高次の八極子の秩序であることを強く示唆する結果を得ることができました。
 実験は電子状態を微視的に探ることが可能な核磁気共鳴(NMR)法を用いました[1]。この研究のため私たちは特にNMR測定が可能な17O酸素核を濃縮した試料を用意しました。そして、この物質では世界で初めて17O核のNMR信号の観測に成功しました(図7-1)。さらにデータの解析を進めた結果、観測された酸素核位置での内部磁場が、トリプル-q型というユニークな構造を持った磁気八極子の秩序状態を仮定することによって良く説明されることを見出しました。
 一方、理論的にも現象の解明を進めました[2]。私たちはNpO2ではNpイオンが面心立方格子を形作っていることに注目し、面心立方格子上のf電子模型の解析を行いました。その結果、図7-2のように4方向の磁気八極子モーメントが配列したトリプル-q構造が最も安定な状態(基底状態)になることを見出しました。これにより、NpO2の秩序相の正体が磁気八極子秩序であることを微視的理論により初めて明らかにすることができました。
 電子物性の研究において八極子も含めた多極子自由度の重要性が広く認識されるようになったのはごく最近のことです。また、実際に八極子秩序の存在が見つかったのも今回のNpO2が初めてです。1953年の発見以来、半世紀に渡って謎のままであったNpO2の不思議な秩序の全容が漸く明らかにされようとしています。



参考文献
[1] Y. Tokunaga et al., NMR Evidence for Triple-q Multipole Structure in NpO2, Phys. Rev. Lett., 94(13), 137209 (2005).
[2] K. Kubo et al., Microscopic Theory of Multipole Ordering in NpO2, Phys. Rev. B, 71, 140404(R) (2005).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2005
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