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微量の硫黄が金属を割れやすくするのはなぜか?
―第一原理計算によって解明されたニッケル結晶粒界の強度低下メカニズム―




図10-1 Ni結晶粒界の構造(左)と電子密度分布(右)

左図はS原子が結晶粒界に集まった時の構造図です。図中(a)ではS原子が結晶粒界に沿って1原子層だけ集まり、互いに接してはいない状態です。(b)では2原子層集まることにより、S原子同士が接して反発し、結晶粒界に大きなすきまが開きます。右図は断面上での電子密度分布です。Ni-S間は強く共有結合していますが、S-S間には同様の結合が形成されません。



図10-2 偏析予測曲線

結晶粒界への集まりやすさを示す偏析エネルギーから、マクリーンモデルを用いて集まる割合を予測できます。図10-1中の(a)及び (b)の状態はともに100%実現可能です。



図10-3 引っ張り強度試験計算の結果

図10-1中の(b)におけるSの2原子層の偏析によって、引っ張り強度はSがない場合に比べて10分の1にまで低下します。




 微量の硫黄(S)を添加すると多くの金属材料が割れやすく(もろく)なることは、1925年頃から知られている歴史のある問題です。金属材料は、大きさが数十μm程度の結晶の粒の集合体であり、その粒同士の境界は結晶粒界と呼ばれます。加熱などによって金属中のS原子が動きやすくなるとそれが結晶粒界に集まり(偏析し)、金属が結晶粒界で割れやすくなることが、1970年代になってようやく実験的に明らかになってきました。しかし、S原子が結晶粒界に集まると「なぜ、どのようにして」割れやすくなるのかは、現在に至るまでよく分かっていませんでした。
 そこで、第1原理計算という手法を用いて、この現象のシミュレーションをスーパーコンピュータ上で行いました。第1原理計算とは、量子力学の基本方程式(シュレーディンガー方程式)をコンピュータで数値的に解くことによって物質の性質を電子レベルから解明する手法です。今回、金属にはニッケル(Ni)を用いましたが、鉄(Fe)でも同様の結果が得られると予想されます。まず、S原子がNi結晶粒の内部にある場合と結晶粒界にある場合とのエネルギー差を計算し、S原子の結晶粒界への集まりやすさを調べました(図10-2)。その結果、S原子が結晶粒の中にわずか(25 at.ppm)でもあると、結晶粒界にたくさん集まることを計算上も示すことができました。ここまでは実験的にも既に分かっていることですが、S原子が互いに隣り合うまで集まることと、Ni-S間の結合が強いためにS-S間には結合が形成されず、逆に反発力が働き、そのため結晶粒界に大きなすきまが開くことを新たに発見しました(図10-1)。さらに、結晶粒界の引っ張り強度を調べるための引っ張り試験計算を行うことによって、その強度が最大で10分の1にまで減少することを見出しました(図10-3)。このようにして、結晶粒界に集まったS原子間に反発力が働くことによって金属材料が割れやすくなる、ということを明らかにしました。
 今後、様々な金属が不純物によって割れやすくなるメカニズムを解明することとともに、逆に割れを防ぐためにはどのような元素を加えたらよいか、などが明らかになっていくと期待できます。



参考文献
M. Yamaguchi et al., Grain Boundary Decohesion by Impurity Segregation in a Nickel-Sulfur System, Science, 307, 393 (2005).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2005
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