1.5 材料内部の歪を中性子で測る
   

図1-9

(a)超伝導コイル(曲率半径500 mm)の一部を切り取ったもの。インコロイ908は外形45 mm × 45 mm、内径約36 mmのパイプ状のジャケット部分の材料で、その内側に銅線の束が入っています。銅線は超伝導の安定化材料で、その中にNb3Sn超伝導体の多芯細線が埋め込まれています。A, B, C, Dのような代表的な領域について、径方向の数か所の歪分布を調べました。 (b)測定時の試料の配置と中性子ビームの経路との関係。二つのスリットによって入射ビームと回折ビームを選択し、赤点を中心とした局所部分の歪を検出します。

図1-10

超伝導コイルのジャケット部分の領域A, B, Cについて、残留応力の三主軸方向成分をコイル表面からの深さの関数として表したもの。200 MPa以上の引張残留応力が見つかったので、SAGBOをさけるための酸素濃度制御の重要性を指摘する結果となりました。


 国際熱核融合実験炉(ITER)の中心ソレノイドコイル(超伝導コイル)には、ジャケット材料としてニッケル−鉄基超合金のインコロイ908が使われる予定です。
 超伝導コイルは、コイル状に機械的に成形した後、超伝導体を生成するために650 ℃で240時間の熱処理をしなければなりません。超合金のインコロイ908は、このような高温かつ長時間の熱処理により高強度化する金属材料です。しかし、200 MPaを超える引張残留応力と0.1 ppm以上の酸素濃度条件が重なると、この熱処理中に応力誘起粒界酸化(SAGBO)と呼ばれる現象によってジャケット材料内部に亀裂が走り、材料が破壊される危険性があります。従って、このジャケット材料のような大きな構造物について、内部の残留応力分布を非破壊試験で調べなければならないという、これまで使われてきた歪ゲージやX線回折では実現不可能な難しい要求が出されました。
 私たちは、材料内部にまで侵入できる中性子ビームを使った回折実験によってこれに応えました。この方法によって、機械的に成形した超伝導コイルのジャケット材料(断面の外形は45 mm × 45 mm)について、内部の結晶格子の歪を場所の関数として測定し、各場所における残留応力を縦、横、高さの三主軸方向成分にわけて算出することに成功しました。
 ここで問題になっている歪は、材料全体の巨視的変形ではなく、結晶格子間隔の変化に注目した微視的弾性歪です。測定した結晶格子で、例えば(111)結晶面の間隔は0.2072 nmから0.2084 nm程度へわずかに変化するだけです。このように、中性子ビームを利用した原子レベルのミクロな歪測定が大型構造物の健全性を評価することに役立っています。


参考文献

Y. Tsuchiya et al., Residual Stress of a Jacket Material for ITER Superconducting Coil, Physica B, 241-243, 1264 (1998).

ご覧になりたいトピックは左側の目次よりお選び下さい。



たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果1998
copyright(c)日本原子力研究所