1.6 中性子回折で見えた化学反応機構
   

図1-11

コバルトに配位した不斉なシアノエチル基の可視光誘起ラセミ化反応

シアノエチル基は、初めは一方の立体配置のものだけですが、このコバルト錯体の結晶に光照射を行うと、結晶格子を保持したまま、他方の立体配置のものも同数だけ生成(ラセミ化)します。

図1-12

光照射40時間後の分子構造  

初めの分子のシアノエチル基を青色、その重水素置換の原子を黒色、反転したシアノエチル基をピンク色、その重水素原子を赤色で示します。重水素は立体反転してもその相対的な位置は変わらないことが実証されました。


 分子内の原子の組み替えが起こる化学反応の1つに、コバルト錯体に結合したシアノエチル基の不斉炭素を中心とする立体配置の反転があります。このコバルト錯体はビタミンB12のモデル分子として注目されているものです。
 この反転反応は結晶状態のままでも、可視光照射によって起こり、しかも反応によって結晶構造が壊れずに保たれます。この不斉炭素には水素(H)、メチル基(CH3)、シアノ基(CN)、そしてコバルト(Co)と互いに相異なる4つが結合していますが、反応が起こるためにはCo-C結合が切れる可能性とH-C結合が切れてメチル基の水素が移ってくる可能性が指摘されていました。それを確かめるために中性子回折法を使いました。中性子回折は、電子数の多い重い原子からの散乱に敏感なX線回折法とちがい、軽い原子の位置の決定に有効な研究手段なのです。私たちは、不斉炭素に結合した水素を重水素Dで置換したシアノエチル基CH3C(D)CNをもつ上記コバルト錯体単結晶(3×3×0.6 mm)をつくり、光照射の途中の結晶をJRR-3M原子炉からの中性子(波長1.06 Å回折法により、分子構造とくにH原子とD原子の位置をしらべました。その結果、重水素Dとメチル基(CH3)のHは交換されることなく、反転反応が進行することが示され、したがって反応は、まずCo-C結合が切れてシアノエチル基がはずれ、反転をしてからCoに再結合するという機構で進むことが分かりました。
 中性子回折法は、とくに水素や炭素を含む複雑な生体分子の反応機構の解明などで威力を発揮することが期待されます。


参考文献

T. Ohhara et al., Direct Observation of Correlation between Crystalline-State Deuterium Transfer and Racemization of 1-Cyanoethylcobaloxime Complex by Neutron Diffraction, Chem. Lett., 4, 365 (1998).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果1998
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